みあわれにみすぼらしくなって来る。お糸さんとお国さんの一緒の寝床に高下駄のような感じの黒い箱枕がちゃんと二ツならんで、お糸さんの赤い胴抜きのしてある長襦袢《ながじゅばん》が、蒲団の上に投げ出されてあった。私はまるで男のような気持ちで、その赤い長襦袢をいつまでも見ていた。しまい湯をつかっている二人の若い女は笑い声一つたてないでピチャピチャ湯音をたてている。あの白い生毛のあるお糸さんの美しい手にふれてみたい気がする。私はすっかり男になりきった気持ちで、赤い長襦袢を着たお糸さんを愛していた。沈黙《だま》った女は花のようにやさしい匂いを遠くまで運んで来るものだ、泪《なみだ》のにじんだ目をとじて、まぶしい燈火に私は顔をそむけた。
(一月×日)
毎朝の芋がゆにも私は馴れてしまった。
東京で吸う赤い味噌汁はなつかしい。里芋のコロコロしたのを薄く切って、小松菜を一緒にたいた味噌汁はいいものだ。新巻き鮭《ざけ》の一片一片を身をはがして食べるのも甘味《うま》い。
大根の切り口みたいな大阪のお天陽様ばかりを見ていると、塩辛いおかずでもそえて、甘味い茶漬けでも食べて見たいと、事務を取っている私の空想は、何もかも淡々しく子供っぽくなって来る。
雪の頃になると、いつも私は足指に霜やけが出来て困った。――夕方、沢山荷箱を積んである蔭《かげ》で、私は人に隠れて思い切り足を掻《か》いていた。指が赤くほてって、コロコロにふくれあがると、針でも突きさしてやりたい程切なくて仕様がなかった。
「ホウえらい霜やけやなあ。」
番頭の兼吉さんが驚いたように覗いた。
「霜やけやったら煙管《きせる》でさすったら一番や。」
若い番頭さんは元気よくすぽんと煙草入れの筒を抜くと、何度もスパスパ吸っては火ぶくれしたような赤い私の足指を煙管の頭でさすってくれた。銭勘定の話ばかりしているこんな人達の間にもこんな親切がある。
(二月×日)
「お前は金の性で金は金でも、金|屏風《びょうぶ》の金だから小綺麗な仕事をしなけりゃ駄目だよ。」
よく母がこんな事を云っていたけれど、こんなお上品な仕事はじきに退屈してしまう。あきっぽくて、気が小さくて、じき人にまいってしまって、ひとになじめない私の性格がいやになってくる。ああ誰もいないところで、ワアッ! と叫びあがりたいほど焦々するなり。
只一冊のワイルド・プロフォンディスに
前へ
次へ
全266ページ中68ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング