、考えて見れば田舎《いなか》の女学生みたいな生活だけれども、こうして、私の生活を何か書けと云われると、私は、ぱっとした暮らしでもない自分のこの頃に、何とない、おかしなものを感じ始めているのだ。
 雨。
 今日もまた雨なり。膝小僧を出して『彼女の控帳』をとうとう書きあげる。二十七枚『新潮』へ送る。駄菓子を拾銭買って来て一人でたべた。小かぶと瓢箪瓜《ひょうたんうり》を漬けてみる。二、三日したらうまいだろう。母より手紙、頭が痛い。――十二日
 雨。
 へとへとだ。くだらなく徹夜して読書。――財産三拾七銭はかなや。夜、紫なる寅《とら》の尾《お》の花拾銭、シオン五銭買って来る。雨に濡《ぬ》れて犬と歩む。よき散歩なり。フミキリの雨、夜の雨、青く光って濡れて走る郊外電車、きわめてこころよし。――十三日
 これは三年前の秋の日記だけれども、何かが恋をでもしているような子供っぽい日記だ。いまは、何も彼《か》も愕《おどろ》きのない生活で、とても、此様な日記はかけない。――昔は、肉親たちがちりぢりに遠く散っていて孤独であったせいか、燃えあがるような気持ちだったけれども、いまは私の家にみんな集って来ているので
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