めを持つやうになつてからも、自分の對象となるべき人をみつけるよゆうが少しもなかつたのだ。平凡な職業婦人で、一寸見れば美しくはあつたけれど、男の社員達も、もんの事を同僚と思ふ以外には、異性と云つた氣持が少しもしませんねと云つてゐた。そのころは、もんも、そんなに云はれることを、自分が男の社員達と同等にみとめられてゐるやうに、何だかほこらかな氣持を持つてゐたのだつたけれど、女はやはり女であり、女らしいと云ふことが本當だと云ふことをこのごろになつてもんは悟つた。こんど、正月がくれば三十になる。女も三十になつてしまへば、もう、女の將來はおよその行末がきまつてしまふともんは思ふやうになつた。もんが三十になるまでの青春のひとゝきは工藤がたつた獨りであつた。工藤を知つたゝめに、もんは女の道としてのまた別な世界が開けたけれども、その愉しさはいまはあとかたなく消えうせてしまひ、何も知らないで暮してゐた時よりもいつそう暗いみじめなおもひをなめなければならなかつた。こんなみじめな思ひをする爲に、此世の中には、男も女も澤山うじやうじやとゐるのだらうかともんは不思議に思ふのだつた。何も話しあはなくても、一人の男と
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