の言ふこと嘘だかも判らないぢやないの、大人の私には、十銭だの五銭だの何でもありやしないのよ。だけど、厭なの、あなたが子供だからなほ厭なの」
「二銭でもいゝや」
「二銭でも厭! 私は子供がきらひよ。赤ん坊は好きだけど、子供はきらひ、嘘ばかり言ふから」
「嘘なんか言はないよ‥‥」
「さう、本当の事を言つてゐるの?」
「本当におなかがすいてンだよウ」
 私は、この子供が、お金をおくれと言つた時に思ひ出したのであつた。一ヶ月程も前のこと、かきつばたの花を買つて、夜更けに花屋から出て来ると、十三四の男の子が、やつぱりこんな風に呼びかけて来て、お金をおくれと言つたことがあつた。お使ひに行つてお金を落してしまひ、いまゝで帰れないのだと言ふのであつた。落した金はどれほどと聞くと、十銭玉二つと言つた。どうして、私に呼びかけたのと聞くと、花を買ふやうなひとは金持ちだらうから言つてみたのだといふのであつた。夜も更けてゐたので、私はその悄気てゐる子供に十銭玉を二ツやつて、お使ひを済まして早くお帰りなさいと、踏切りのそばで別れたのであつたが、それは、本当にさうかも知れないと、その子供のふつくらした顔に信頼してかきつばたの花を活けながらも、いいことをしたとよろこんでゐたのであつた。
 だが、一緒に歩いてゐる此子供は、花屋の前で逢つた子供よりも二ッ三ッ[#「二ッ三ッ」はママ]小さくて、話はあの子供よりこみいつたことを言ふのであつた。
「僕はおばあさんの家へ貰はれて行つたンだけどね。毎日いじめるンだもの、傘の修繕屋なんだよ。お金なンかないンだよ」
 私は、そつと十銭玉を掌に出して、この子に何時渡してよいのかと考へてゐた。こんな厭な子供に、金をやるなんていまいましいと思つた。コンクリートの橋を渡ると、赤い看板を出した煙草屋があつた。私は急に掌にある十銭玉を出してチエリーを一つ買つた。子供はありありと悄気た顔になつて、また、歩き出してゐる私をつかまへ、「二銭おくれよ」と言つてついて来た。
「二銭で何を買ふの?」
「メンコ」
「メンコ? だつて、貴方はお腹がすいたつて私に言つたぢやないの、どうして嘘を言ふの、貴方は学校へ行つてゐるの?」
「学校なンか行かないや!」
 その子は、最早あきらめたのか、私を憎々しさうに笑つて、足早に走り出すと、「断髪の馬鹿野郎!」と言つて走つて雨の降りこむ路地の中へ消えてしま
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