しますと、
「それは氣の毒でしたね。人間というものは何とも勝手なもので、わしらのようなものまで、尻をひっぱたくのだからいやになるのさ。わしだって、たまには、からだのだるい時もあるのだが、何にしても、一日も無駄にはやすませてくれないでねえ……無理な仕事をする時、わしは時々、泣くこともあるのさ。いくらこんな生れあわせだといっても、これも神さまのおぼしめしで、こんなものに生れてきているのだもの、一つだってわしは惡いこともしたことはないのに、尻をぴしりツぴしりツとむちでなぐられる時は、つくづく泣きたくなってしまうよ。生れあわせで仕方がないけど、お前さんのように身輕るに山の中で自由に住める身がうらやましいさ……。」
 と、いいます。狐も何だか牛がかわいそうで仕方がありませんでした。
「ほんとに赤兵衞さん、そうですね。わたしたちだって、人間だって、そうながくは生きられないのだから、嘘なんかいわないで、たいらに世の中をくらしたら、それが一番いいですね。あなたは、さっきから口をもぐもぐしていますが、何をたべているンですか。」
「別に何もたべてはいないのですよ。夕方たべたわらをいま食べなおして、胃からもどしているンです。」
「今夜はいい月夜ですね。」
「ああ、わたしは夜が一番樂しみです。人間がねてしまうと、もうわたしはひとりで何を考えてもいいのですからね。尻をひっぱたく人もないし、一番樂々とします。」
 狐はほろりとしました。こんなに王樣のようなからだをしていても、自分たちよりつらいことがたくさんあるのだなと同情しました。
「わたしは、このまま山へかえってしまえば、もう二度と里へはおりて來ませんけれど、元氣でいて下さい。そのかわり、夜の夜中に、山の上で、わたしは時々うたをうたってあげましょう。あああの時の六兵衞狐は元氣だと思って下さい。――ほら、かすかに梟がないているでしょう。あの木のそばにわたしの巣があるのです。きっときいて下さい……。」
 六兵衞狐は、氣のいい正直者の牛と別れて、淋しい山道を祖谷《いや》の山の中へいそいそと登ってゆきました。
「ああ助かってよかった。何といっても自分の天地が一番いい。おかあさんはどんなに喜んでくれるだろう。」
 六兵衞は腹のへったのも忘れて、まるで飛ぶようにしてお山へかえりました。晝間の雨はからりと晴れて、まるで晝のように明るいお月樣が山や森を照し
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