牛はびっくりして狐をみました。
「あなたはいったい、どなたさまですか。」
 と、狐がききました。
 牛は正直者でしたから、わたしは、桑助さんの家の牛で、赤兵衞というものだとこたえました。狐は王樣のようだと感心しました。
「そうですか、わたしは山の中から來た六兵衞という狐ですが、このさきへは行かれますか。」
 と、たずねてみました。
「ええ行かれますとも、道はどこまでもつづいていて、にぎやかな河口までつづいていますよ。」
 と、教えてくれました。
 狐はていねいにあいさつをして、雨の中を歩きました。しばらく行くと、小さい村がありました。村のとっつきの家では、鷄が三びきほど遊んでいました。狐は何も彼も珍らしくて仕方がありません。これは何というものだろうと思いました。それで、また、ていねいに頭をさげますと、三びきのあわてものの鷄はけたたましくなきたてて鷄小舍の屋根へ飛び上ってゆきました。
 すると、家のなかから、おそろしく脊の高いおじいさんが棒を持って出て來ました。
「これッ、狐の奴め、お前、うちのとりを食うつもりだなッ。」
 狐はびっくりしました。鷄なんか一度も食べた事がないのに、この人間は妙な事をいうと思ってぼんやりしていますと、こおンと固い音をたてて狐は額をいやというほどなぐられてしまいました。思わず尻餅をついているところを、狐はとうとう人間につかまってしまって、木箱の中へいれられてしまいました。
 その晩、人間たちはこんなことを話しあっていました。
「六兵衞狐というのはひどい奴で、五作さんの家からかえる時、おれはおこわめしをみやげにもらっていたンだが、祖谷《いや》を下る途中、とうとう六兵衞に化かされて、おこわめしをぬすまれて、ひでえめにあったよ。」
「おれも、この六兵衞には痛いめにおうたぞ、妙正寺の番僧に化けて、おれから財布をとりあげて、あげくのはてに、河の中へつつきおとされてしまったものな……。」
 六兵衞狐は、箱の中で、こんな話をきいていてびっくりしました。人間というものは何という嘘つきなのだろうと思いました。
 六兵衞狐は、いままでにまだ一度も里へ降りたことはなかったし、第一、人間のようなかしこい動物を、化したりなぞしたことは一度もなかったのです。
 人間はおかしなことをいうものだと思いました。晝間、頭をなぐられたところに、大きなこぶが出來て、それが痛くて仕
前へ 次へ
全5ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング