んな演説が出來るかね。」
「演説……。」
「そうだよ。」
「わたしは演説なんか生れて一度もしたことはございません。わたしは、生れるとから[#「生れるとから」はママ]默って働いてきたもので、おしゃべりなぞとても出來ません。」
「この村に來たからには、演説が出來なければ駄目だよ。自分の意見をもたないものは住むことはおことわりだ。」
「それは困りましたね、わたしは只、働く一方で、どうしてもしゃべる事は出來ないのでございますが……。」
龜はお金を持たないので、そのまますごすごと蛙村をたちさらなければなりませんでした。
夜になって、麥畑の上を美しいまんまるいお月さまが光っていました。おなかのすいた龜さんは、むっくり、むっくり、みみずのいたところまでもどって來ました。
「みみずさん、今晩は……。」
「おやおや、どうしたの龜のおじさん。」
「蛙村から追い出されて戻るところだよ。」
「それは氣の毒だなア……。」
「わたしはもう眼がまいそうだ。」
龜のおじさんは荷物をおろして、首も手足もちぢめて石ころの上へしゃがみました。近くでがやがやと蛙の演説がきこえています。
龜さんはかわいた固いこうらをほこりまぶれにして、ぼんやり夢の世界へはいってゆきました。
底本:「童話集 狐物語」國立書院
1947(昭和22)年10月25日発行
入力:林 幸雄
校正:鈴木厚司
2005年5月7日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全4ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング