ら》して叱られたンだよ」
「――どうしてこンなとこへ来たンだ?」
「駅んとこで、めっけたから、呼んだンだけど判らなかったンだよ……待ってたの……」
「そいで、ラジオ屋冷やかしてたンだな」
 勘三は、「ああ吃驚した」といった顔つきで、腰を降ろしたが、
「沢崎さん、さっきの話、不快に思わないで下さい」
 といった。沢崎といわれた女は、ニッコリして、
「まア、この方が、あのハンドバッグを拾って下さいましたの? よくお出来になるらしいのね」
 と、自分の前にあった菓子を包んで、啓吉の汚れた手にそっと持たせてくれた。

       二十五

 沢崎という女のひとと別れて、勘三と二人で歩き出すと勘三は、
「あああ」
 と溜息をついて、
「啓吉、いまの女のひと好きか?」
 と、尋ねた。
「…………」
「どうだ、感じのいいひとだろう、ええ?」
「うん」
「叔母さんに、女のひとと歩いていたなンて、そんな事をいっちゃ駄目だよ」
「ああ」
 啓吉は、菓子をくれた女のひとが、ハンドバッグをおとしたひとだったのだなと思った。非常に気取っているようなひとだと思った。勘三はまるで、浮腰のようなふわふわした歩き方をしていたが、不図、
「叔母さんへお使いで来たのかい?」
 と尋ねた。お使いと尋ねられると、啓吉は九州へ行くといって学校へやって来た母親を想い出して、胸が痛くなった。白い手紙と五拾銭玉一ツ貰ったが、その白い手紙や五拾銭玉を貰ったために、母親とは一生逢えないような気がするのであった。
「ねえ、母さんは九州へ行くっていったンだぜ。学校から早く帰ってみたンだけど、家内じゅう留守なのだもの……」
「へえ、九州へ行くって? 何時?」
「もう、行っちゃったンだよ」
 啓吉は背中のランドセールを降ろして、母からの白い手紙を出して、叔父へ渡した。
「……そうか、ま、いいや」
 勘三は封を開いて、中から手紙を抜き出したが、その手紙の中には拾円札が一枚折り込んであった。
「啓吉、お母さんは本当に九州へ行ったらしいよ……」
「……九州って遠いの?」
「ああとても遠いよ。長崎ってところだ。知ってるかい?」
「ああ港のあるところだろう?」
「そうだ」
 啓吉は、地図の上でさえも遠い長崎という土地を心に描いて、はるばるとしたものを感じた。
「新しい父ちゃんと、礼子ちゃんと……」
 勘三が何気なく言いかけると、啓吉は
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