下さらないのですかツ!」
 と、たか子は一生懸命な力で良人の膝へとりすがつて行つた。良人の膝は、久しぶりに安住の地へかへつたなごやかな氣持ちだつた‥‥。
「君が自殺をしたつて、此氣持ちはぬぐへないよ。俺は、君の見てゐる男達とは違ふのかも知れないねえ‥‥此世の中で一番厭な女が君だつたらどうするンだ?」
「だつて、あなたは、たつた此間も愛妻論を新聞に書いて下すつたぢやないの?」
「ふふん、うぬぼれちやいけないよ。あれは、俺の理想の妻だよ‥‥」
「まア、ひどいことをおつしやるわ‥‥」
 二人共向きあふとまた默つてしまつた。さうして二人とも、こんな氣持ちでゐることは本當にたまらないとおもつた。たか子は、心のうちで、本當に別れるのだつたら、子供と貯金帳だけは手放さないでゐようとおもふのであつた。



底本:「氷河」竹村書房
   1938(昭和13)年3月20日発行
入力:林 幸雄
校正:花田泰治郎
2005年6月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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