‥」
「どうして?」
「始終、うちをあけて、お父さんは女中のつくつたものばかり食べてるぢやありませんか‥‥」
「うちをあけてるつて、そりやア何かと用事があるのよ、私がこんなにうちをあけなきやならないのも、パパに一半の責任があるわ‥‥」
「何か知らないが、僕は女の出歩くの厭だな。わけのわからん層のひくい女達は、母さん達をうらやましがるか知れないけど、僕は厭だな‥‥お母さんの寫眞が出てると、寒々しいものを感じますよ‥‥」
たか子は、瞠つてゐた眼をあけてゐられなかつた。涙がすぐ溢れて來た。涙弱くなつてゐる母親を見ると、俊助は吃驚して半巾を母親の手へ握らした。
「あんたまで、そんなことを云つて、このママをふんづけてしまふのね。女つて云ふものは良人や子供の臺石にならなきやならないの?」
子供の半巾を脣へ持つて行くと、不圖、昔、徹男とドライヴした時の革のやうな匂ひがする。
(おお厭だ。この息子まで男臭くなつてゐる‥‥)
たか子は身震ひして半巾を俊助へ投げかへした。
「まア、あなた、このハンカチ何日洗はないのよ?」
「母さん洗つてくれたらいいぢやありませんか‥‥」
「まア、あんなこと云つて、厭なひとねえ」
冬の休みも濟んで、また夏が來て、秋になつた。たか子の外出は依然としてかはらない。今日も、遲くなつて歸つて來たのだ。
「星を眺めるつて、久しぶりだわ‥‥」
久しぶりなのは、夫婦がかうして向きあふことも久しぶりなのだつた。
「ねえ、あんたの怒りんぼにも私負けてしまふわ。私、いま、何もないのですもの‥‥もう憤らないで頂戴‥‥」
「憤つてやしないよ。だが俺の方がもう、我慢が出來なくなつたよ。俺はお前と別居をしたくなつたンだがねえ、どうだらう?」
「別居つて、別れきりなの?」
「ああ、但し籍の方なら當分置いておいていいよ‥‥俊助も孝助も分別がついて來てゐるのだし、俺達の不思議な氣持ちも軈て判るだらうとおもつてゐる。俺は、こんな空疎な生活なンて大きらひだツ」
たか子は默つてゐた。
堂助は、たか子と別れて、田舍者の女と結婚して、勉強したいと云つた。まだ相手はみつかつてはゐないが、不幸な女があつたら、結婚するかも知れない。籍も貰ふかも知れない、だがそれはもしかの事だと云ふ。
いまは孤獨になつて勉強したいきりだとも云ふのであつた。
「あなたは、私が、自殺でもしなければ許しては
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