きめましたが、ピエルミまではまだ大丈夫日数があるので、楽しみです。甘いつて、まあ……笑つて下さい。自分で何か考へて行くか、空想してゆくか、本当は退屈な旅なのですよ。これで一二等に乗つてゐる人達はどんな事をして暮らしてゐるのでせうか。
 お昼は、ピエルミ氏が先頭でゲルマンスキーと相客のミンスク氏も一緒です。此ミンスク氏の名は、ミンスクで下車するといふので、私はいつもミンスクと呼んで笑はせてゐました。(ミンスクはポーランドの国境に近い方)――まづ、運ばれた皿の上を見ますと、初めがスープ、それからオムレツ(肉なし)ウドン粉料理(すゐとんの一種)プリン、こんなもので、東京の本郷バーで食べれば、これだけでは二拾銭位のものでせう。――悪口を云ふのではありませんよ。それがこゝでは三ルーブルです(約三円)。驚木桃の木山椒の木とは此事でせうか。思わず胸に何かこみあげて来るやうな気がしました。食べてゐる人達はと云へば、士官と口紅の濃い貴婦人が多いんです。貴婦人と云つても、ジャケツの糸がほぐれてゐるやうなのがおほかたなのですよ。――けつして労働者ではない級の女達です。インテリ級の貴婦人なのでせう。こつちの百姓の女は、絵描きが着るやうなブルーズを着こんでゐます。日本ではよいとまけの土工女がせいぜい荒つぽい仕事位に思つてゐましたが、こちらでは女達だけで長い線路をつくつてゐました。
 車窓から見た七日間のロシヤの女は、とてもハツラツと元気で、悪く云へば豚のやうになつてゐる女が多い。チエホフ型の女とか、ゴルキーの女とか、そんな女は今のロシヤにはゼイタク事なのでせう。一二等の廊下で、呆んやり同志の働きを見て、爪の化粧をしてゐるロシヤのインテリ婦人も居るのだから、ロシヤはなかなか広いものでした。――林檎が一個一ルーブル、玉子一ツ五十カペック、――まだ驚きましたのは、バイカルを過ぎた頃売りに来た、いなり寿司のやうな食料です。思はず雑誌をはふりつぱなしにして、「アジン!」と怒鳴りました。二個一ルーブルで買つて、肉を刻んだのでもはいつてゐるのだらうと、熱いやつにかじりつくと、これはまたウドン粉の天麩羅でありました。ウドン粉の揚げたのが一円だなんて、私は生れて、此様なぜいたくな買物をした記憶を持つたのは初めてです。鶏の小さい丸焼きが五ルーブル位です。とても手が出ません。牛乳が飲みたかつたし、茹で玉子が欲しか
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