た箪笥をがたぴし開けてみました。母親の大事なものは何でもこの中へ入っているのをむつは知っていました。箪笥には長持ちのような引出しが三ツついていました。一番上の引出しには、亡くなった父親の寫眞だの、父親が一二度しかはかなかった男下駄が新聞に包んで入っていました。むつの下駄も入っていました。
二番目の引出しには、太郎のゆかたやぼろ切れが入っていました。三番目の引出しには、空いた菓子箱や、こうもり傘などが入れてありました。むつは腹がへっていたので、箪笥の中へ何も食いものがないとがっかりしてしまいました。「ええいまいましい!」
むつは、大人たちのまねをしました。いろりの火は燃えるだけ燃えると、もう白い灰になってしまって森閑としています。むつは鍋へ手をさしこんでみました。湯は風呂みたいな熱さでした。むつは腹がたってしまって、また土間へ降りて行き、こんどは桑の根っこの大きい奴を熊の首のようだぞとひとりごとを言いながら引きずって來ていろりの中へいれました。白い灰が飛び立ちました。まだ火がのこっていたのか、新らしくほうり入れた乾いた桑の根はすぐくすぶり始めました。むつは腹這いになって、ふうっと火を吹きましたが、咽喉のいがらっぽい白い煙がむつの吹く息で向うへ押されてゆきます。風の神樣が、ここにもいるのだろうかと、むつは脣の處へ手をやり風の神樣をつかまえようとしますと、むつの吐く風は涼しい氣配をたてて五本の指の間からそっと逃げてゆきます。火がやっと、桑の根っこに燃えつきました。太郎を起さないようにして早く殺してしまおう……學校へ行くときにも身輕るになるし、第一、むつの弟は臭いぞと云われないで濟むと思いました。湯がぶつぶつ泡を浮べて白い灰がいっぱい湯の上に流れています。
むつは腹がへって來てがまんが出來なくなりました。土釜のふたを取ってみたけれども、水が入れてあるきりで、杓子に米粒一つついてはいないのです。むつは土間へ降りて、鷄小舍をのぞきました。三羽の鷄は、むつが網の中へ入って來たので、急に身づくろいをして、肩をそびやかせて怒るのでした。寢わらの底を探ってみると、ぬくい奴がむつの手に二つさわりました。むつはそれをそっと抱いて網の外に出ると、いろりの處へ居坐り寄るようにして、煮えたつ鍋の中へぬくい卵を二ついれました。これが知れたらえらく叱られるとは思いましたが、默っていれば判るもの
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