いうでない」って笑っています。
 僕のおとうさんは、いつもにこにこしています。すこしもしかりません。
「今日はおとうさん、お金持ですね」
 と僕がききますと、
「そりあそうさ」
 と笑っています。
 夜、静子にきいたら、おとうさんは、どこかのおじさんをつれて来て、本だのレコードだのお売りになったのだそうです。
 おとうさんは、とても音楽が好きでした。
 僕はいつも、おとうさんがかけて下さるモルドウというのが好きでした。それから四台のピアノも好きです。モルドウというのは、河の流れを曲にしたのだそうで、山の奥から街の中へ流れて行くまでの河のすがたが目にみえるようです。
 モルドウを売られては淋しいと思いました。それから、本もおとうさんは大切にしておられたので、何だか気の毒に思いました。
「おとうさん、本だなのレコード売ったんですか」
「ああ、あんなもの、焼けたと思えば何でもない、よその人が、たのしんでくれると思えばいいんだよ」
「モルドウはどうしたの」
「ああ、あれはまだあるよ」
「ああよかった」
「でも、いまに蓄音機も売ってしまうかもしれないよ」
「僕、いやだなあ」
「いやだっていっても
前へ 次へ
全79ページ中59ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング