にみてゆくよりしかたがないんだそうだよ。
その子のおとうさんは、靴をなおしてたんだっていうんだけど‥‥でも、それだってわからないよっておとうさんがいうのさ。浅草でミシン屋をしてたって、長野でいってたのは、うちのことだろうっておとうさんが話してたけど、大砲って、ずいぶんおもしろい子どもだよ。
歌ならどんなのでも知ってるし、鶏小舎で、鶏がたまごをうむと、いつも、どこにいても一番に走って行って、あったかいのをつかんで、大声で呼びながら飛んで来るし、とにかく変ってるんだ。学校大きらいなくせに、おじさん、大きくなったら大学へあげてねっていってるし、学校だって、一週間のうち、三度ぐらいしか行かないんだよ。先生もびっくりしてるけどね。ご飯の時だって、そりや早いんだよ。いま、お膳についたと思うと、もう皿のなかがからっぽ‥‥」
僕はときどき、沢井君のうちの、その子どもをみたことがあります。年はおなじだけれど、学校は一年下だったので、遊んだことはありません。
おでこのひろい、眼のひっこんだ小さい子どもです。
「君のうち、とてもえらいねえ」
金井君がおどろいています。
「だって、その子だって、誰かがみてやらなくちゃならないんだから、そんなら、うちのような、きがねのないところが一番いいんだって‥‥」
「君のきょうだいになっているの?」
「ううん、同居人ってことになっているんだよ。でもね、なまけもので、すぐ、どっかへでかけてゆくくせに、人のものをぬすんだりしないのが一番いいところだって、おとうさん感心してるんだ。小づかいだって僕とおなじようにくれるの。でも、大砲は、うちのおとうさんが一番こわいらしいよ。しからないからいやなんだって、いうときがあるもの‥‥」
沢井君のおとうさんには、僕は一度も会ったことはないけれど、いいおとうさんだなと思いました。
「でも、おもしろいのは、ものをいうのに、にごりが出来ないんだよ。たとえば、レコードのことをレコート、というし、家のげんかんというのをけんかん、あずけに行くっていうのをあつけにゆくっていうし、みょうなことだって話してるの‥‥。――おとうさんは、どこで生まれて、どこでそだったのかきかなくても、うちにいるかぎりは一生めんどうをみて、すきな仕事を[#「仕事を」は底本では「事仕を」]させるんだって‥‥」
「もう逃げない?」
金井君が、心配そうに
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