井君は口笛を吹きはじめました。何ともいえないぬるい風が吹いて、今日はねむくなるようなお天気です。
12[#「12」は縦中横]
おとうさんはこのごろおつとめです。
おとうさんはいつも口笛を吹いておかえりです。このあいだ、おとうさんは古道具屋でのこぎりを買ってきました。四十円もするのだそうです。
この、のこぎりで鶏小舎をつくって下さるのだそうです。日曜日はたのしみです。僕の畑のそばにおとうさんの鶏小舎がすこしずつ出来ています。いつになったら鶏が来るのでしょう。
いつかの、おとうさんの童話のような、ふとった鶏が、この小舎に来るのかとおもうと僕はたのしみです。金井君も時時みに来ます。おかあさんは鶏を飼ってもたべさせるものがないので、生物は困るといっています。僕は生物は何でも好きです。
鶏は、吉田さんのおじさんが、宇都宮から持ってきて下さるのだそうです。吉田さんのおじさんは、お仕事のことで、たびたび東京へいらっしゃいます。
早く鶏のおうちが出来て、宇都宮の鶏が来るといいと思います。今日は日曜日なので、僕は金井君と二人で雑司ヶ谷の坂井君のおうちへ約束しておいた竹をもらいに行きました。金網のかわりに、竹の細いので格子をつくってやるのです。目白へ出て、学習院の通りを歩いていると、僕たちぐらいの男の子が、
「八王子へ行くのはこの道を行ったらいいの」とききます。
破れたシャツと、あしの出たつぎはぎだらけのズボンで、小さい風呂敷包を持っています。髪の毛が随分のびていて大人のようにつかれた顔をしています。
僕たちは八王子を知りません。
「君はどこから来たの」
金井君がたずねました。
「遠いところから来たの‥‥」
「遠いところってどこなの」
「深谷というところから歩いて来たの」
「へえ、深谷ってどこだい、健ちゃん知ってる‥‥」
深谷というのは、どこだか知らないけれども、おかあさんは、ねぎの話が出ると、すぐ、深谷のねぎはおいしかったというから、ねぎの出来るところから来たのかも知れないと思いました。
「ねぎのたくさん出来るところだろう‥‥」
僕がたずねると、その子は、「うん」といいました。
たぶん、おなかがすいているのでしょう、大変元気がありません。白目のところが青い、眼の大きい子です。
「八王子って遠いんだろう‥‥何しに行くの‥‥」
「おばあさんがいるんだ
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