さしています。だって、そのころ、誰かが黒板に、山本先生の栄養失調って落書していたからです。先生は落書をごらんになって、頭をかきながら、
「ひどいなあ」
 と笑っていらっしゃいました。
 ところが、おかしいことに、僕のおとうさんにも左の耳の上に小さいはげが出来ました。床屋でうつったのかなって心配していらっしゃいます。山本先生のも、僕のおとうさんのも、その、はげは、大きくも小さくもならないのでふしぎです。人にもうつりません。
 おとうさんは先月からお仕事がみつかって会社へつとめておられます。おとうさんは、まじめに働きさえすれば、いまにきっといいことがあるとおっしゃいます。

     11[#「11」は縦中横]

 金井君は疎開さきから、みんなで東京へかえった時、東京があんまり焼けているので、涙がこぼれて眼がまんまるくはれあがってしまったそうです。上野駅でお迎えのおかあさまとねえさんに抱きついて、しばらくおいおい泣いていたそうです。なつかしいおかあさまのきものの匂いがとてもうれしかったといいました。
「みんなやせてかえったんで山本先生が申しわけないとおっしゃったよ。でも、山本先生も、とてもやせていたんだからね」
 古竹でさくをつくりながら、金井君はいろいろの話をします。
「でも、畑をつくるべしさ。僕は大人になったら農林技師になるつもりさ。君どう思う」
「そりゃあいいねえ」
 金井君のおとうさんはまだジャワからかえりません。だから、僕のおとうさんが早くかえったのをいいなあとうらやましがります。
「ねえ、君、僕のおとうさんて、山本先生と同じように、ぬっとしててすこしもしからないよ。一度だってしかったことがないよ。――大きな大人のくせに、僕に何だってそうだんするんだぜ」
「僕のおとうさんだってしからないよ。そうだなあ、うそをいうとしかるね」
「へえ、君、うそをつくのかい」
「ああ二三度あるよ」
「いやなやつだなあ」
「仕方がなくてうそをついたのさ」
「どんな事でだい」
「おなかがすいている時に、すかないなんていうと、おとうさん、ちょっとしかるよ。ごまかすのはきらいだぞオっていうんだ」
「そりあそうさ」
「だって、みんながかわいそうだもの、僕のところは、君のとこみたいに金持ぢゃないからね」
「金持ぢゃないよ」
「だって、君のところへ行くと、いつだっておやつがあるだろう。金持だよ
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