んな事をひとにいうとしかられますよ、というと、おかあさんは、じっと僕を見て、涙ぐんでいうのです。
「健ちゃんは、いい子になって下さいね。人にも自分にもうそをいわない、正直な、いい人になって下さいね。――健ちゃんは戦争が好きなの?」っておっしゃいます。
 僕は、戦争のことってよく知らないのだけれど、何処へ行っても米英を敵だ、というので、僕はわるい国はいやだと思っていました。第一、毎日B29[#「29」は縦中横]が、たくさんのお家を焼きにくるので、こわい国だと思つていました。
 戦争がすむと、急にのんびりして、夜もお寝巻で朝までぐっすり寝られるし、宏ちゃんもおびえて泣かなくなりました。
「健ちゃんが大きくなったら、戦争なんかしないで下さいね。戦争があると、みんながくるしむのよ。くるしんだ上に、たくさんの人が死んでしまうのよ。その上、東京だってこんなに焼けてしまって、みんな住むお家もなくて困るでしょう」
 とおかあさんがおっしゃいました。僕は焼野原になった東京を見るとかなしいのです。僕のお友達のお家も、ずいぶん焼けました。空襲があるたび、僕はおかあさんと静子と宏ちゃんといつもお家の壕にいました。いっぺん僕のお家の庭に焼夷弾が落ちました。おかあさんは、すぐ消しに行かれました。ぱあっと光が射して、あたりはまるで大雨のような音がしました。
 おかあさん逃げましょうといいますと、おかあさんは「いいのよ、いいのよ、こうしていましょう。逃げて煙に巻かれると、かえっていけないからね」とおっしゃいました。
 あの時のことをいろいろ思い出すと、まるで夢のようです。僕のおかあさんはとても元気でした。僕が泣きだすとおかあさんはとてもひどくおしかりになりました。

     2

 おとうさんがかえっていらっしゃって、僕たちはみんな元気になりました。おとうさんもたのしいのでしょう、よく口笛を吹きます。僕も、おとうさんのまねをして、口笛を吹くことが上手になりました。[#「ました。」は底本では「ました、」]おとうさんがかえっていらっして二三日してからのことです。あんまりお天気がいいので、麻布の要さんの家へ行くことにしました。要さんは中学生です。要さんのおとうさんは、僕のおとうさんの一番上のにいさんです。僕たちを一番かわいがってくれます。このおじさんは早くから僕たちに田舎へ行きなさいといっていましたが
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