うことを聞いて、一時も早く五人組を呼んでここらを固めさせ、おいらが不意に面《めん》を引っ剥《ぱ》いでひっ縛《くく》ろうてんだ。な、わかったか。解ったらさ――」
「いいえ! わかりません!」
「お妙、てめえ今日はどうしたというんだ!」
「親分さん!」茶の間から喬之助の声が聞えた。「何かお取込みのようですが、御|迷惑《めいわく》なら、あっしはまた出直して来てもいいのでごぜえます」
「なあにネ、ちょいとこいつに、使いに行けと言いつけているところなんで、直《す》ぐそっちへ行くから」
すると、この時、何を思ったか、娘のお妙が大声を張《は》り揚《あ》げて言ったのだった。
「お父つぁんは、あたしに、お前さまのことで自身番に訴え出ろと言って、肯《き》かないのでございます」
「これッ! 何を言う!」
壁辰は、猿臂《えんぴ》を伸ばして、娘の口をふさごうとした。お妙はよろめいた。ガタガタッ! と棚へぶつかって、皿小鉢が落ち散った。
しイん――と静寂《しずか》。
茶の間では、すッくと起《た》ち上った喬之助が、手早く帯を締め直している。いつの間に抜き放ったのか、冷《れい》々たる九寸五分を口にくわえて。
お妙は、父親の手を振りほどこうと、必死に※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》いた。
四
もう仕方がない。
客の男に知れてしまえば、これまでだ。真《ま》っ正面《しょうめん》からぶつかって、手捕りにしてくれようと、壁辰はお妙を離して、閉《し》め切ってある台所の板戸に手をかけた。
茶の間のほうはひっそりしている。
出て行った気配《けはい》もないが――思い切って、開けて躍《おど》り出ようとして、壁辰は手を引っこめた。待てよ!――と思うのである。
待てよ! 日もあろうに元日に、たといどんな理由《わけ》があったにしろ、殿中である、その殿中で、ああ鮮かに上役の首を刎《は》ね、そいつを窓から抛《ほう》り込んで、自分は今日まで雲隠れしていた程の豪の者である。虫も殺さねえような、あんな面《つら》をしているが、いざとなったらどんなに暴《あば》れて、そのうえ、物の見事にずらかるかも知れねえのだ。おれだって、十手をさばかせては、腕に覚えのねえこともねえが、若しヒョッとして器用《きよう》に逃げられでもしようもんなら、この黒門町の名折れになる。これあ下手に、この台所の戸
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