何しにここへ?……その十番首は貴殿のしわざか」
「さよう。ちょっと捌《さば》いて首に致した。どうせ喬之助どのが亡者と貼紙してここへ寄こしたのじゃからナ」
「神様だけに、言うことがさっぱりわからぬ」
「今にわかる」と魚心堂は、長庵とお六が、門弟どもを呼んで来ると言って玄関のほうへ走り去ったあと、ひとり造酒のかげに顫《ふる》えているお妙を見やって、
「ほんとの用は、その娘だ。その娘を取り戻しに来たのじゃ。わしが下谷まで送って進ぜようと思ってナ」
「そうか、この娘を取り返しに来たのか。そうと解れば、遣らぬ!」造酒はここで大声を揚げた。「こうするがどうだ?」
 こうする……どうするのかと思うと、やにわに大刀《だいとう》銀百足《ぎんむかで》の鞘を払った造酒だ。お妙の胸ぐら取ってそこに引き据えると同時に、紙のように白い咽喉首《のどくび》に切尖《きっさき》を擬《ぎ》した。
「来るか。来ると、一突きだぞ……」
 が、その時、長庵とお六に教えられた三羽烏他一同が、ドドドドッ! と跫音《あしおと》荒く踏み込んで来たので、あるいは敵か?――と、造酒、ちょっとそっちへ注意が走った。いや、注意が行ったというまでのことはなくても、つとその人々の動きが造酒の意識《いしき》に入って来た。と思うと、魚心堂が、ぱアッ! 投網《とあみ》を下ろすように全身を躍らして竿をしごいたのだ。糸が……蜘蛛の巣のような釣り糸が、粘《ねば》って、光って、虹《にじ》[#「虹《にじ》」は底本では「紅《にじ》」]の如くに飛んだ。絡《から》んだのである。造酒の刀身に渦をまいて纏《まつ》わりついたのだ。
 しかし、糸は糸、造酒が刀を引くが早いか、フッツリ切れたが、こういう些細《ささい》な邪魔でも、馬の眼を羽毛《うもう》が掠めたようなもので、気合《きあい》である。弾《はず》みである。微妙《びみょう》な刀機《とうき》を尊ぶこの場合、魚心堂はこの動きで、立派に先を制することが出来たのだろう。造酒が、刀を横に流して、魚心堂のかけた糸を切り放していた時、魚心堂はすでに、お妙を小腋に抱きかかえて、雨戸を蹴破って、その板戸とともにでんどう[#「でんどう」に傍点]返し、見事に庭に降り立っていた。素早く追った造酒の長剣は、それこそ銀百足のように、庭へ倒れようとする雨戸を一枚ザアーッ! と這って二つにしたに過ぎない。
 その戸を背に刀を避けた魚心堂
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