渉《こうしょう》で二梃の駕籠が仕立てられ、お妙が先に乗った様子だ。
魚心堂がこっちから見ていると、長庵しきりに駕籠屋に耳打《みみう》ちして、駕籠屋は何かうなずいている。
長庵がこっそりふところを探って駕籠屋につかませたのは、酒代《さかて》を先《さき》にやったのだろう。
やがて長庵もあとの駕籠に乗りこんで、二梃前後して夜の街を走り出す。
ここまでは不思議ないが、変なことには、下谷へ行くにしては、道が違うのである。
ハテナ……と真剣に首を捻《ひね》った魚心堂は、つぎの瞬間、釣竿を肩に、あとを追ってスタコラ走り出していた。
間もなくお妙も、どうやら方向が変だと気がついたらしく、駕籠の中から何やら大声で言うのが聞えたが、長庵も駕籠屋も答えない。
ただ、一そう道を急《いそ》ぎ出しただけである。
駕籠は、計画通り、芝の源助町へ向っているのだ。
そして、魚心堂が尾行《びこう》している。
こうして二梃の駕籠と魚心堂が雁行《がんこう》の形に急いでいるその源助町……。
無形一刀流、神保造酒の道場である。
「お六……」
造酒が、呼んだ。
床柱を背に、大|胡坐《あぐら》である。
脇息を前に置いて、抱きこむように、のめるように両肘《りょうひじ》を突いている。
大盃を引きつけて、造酒、晩酌《ばんしゃく》が今までつづいているのだ。
呼ばれたのは、造酒の妾《めかけ》のようになっている年増《としま》のお六である。
前にすわって、横を向いてボンヤリ考え込んでいたのが、
「何ですよ」
「酌《しゃく》をしろ……」
杯を突き出しながら、造酒はちょっと聞き耳を立てた。
玄関に当って、人声がする。
「出てみましょうか。誰か来たようでございますよ」
「うむ、ナニ、お前が出なくても、誰かいるだろう」
「でも――」
「貴様は、出んでもよい。それより、酒を持って来い」
「そんなに召上《めしあが》って――」
「持って来いと言ったら、持って来い」
お六が、仕方なしに立って台所へ行くと、間もなく、縁《えん》の障子があいて、取次ぎの門弟が顔を出した。
「先生」
「何だ。客か……」
「はい、脇坂様から、お約束の品を届けに参ったとか申しまして――」
「ナニ、届けの品……脇坂殿から――」
「はい」
門弟《もんてい》はクスクス笑い出して、
「若い娘を駕籠に乗せまして……」
「おウ、いつぞやの約
前へ
次へ
全154ページ中142ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング