だから、こうなると、多勢のほうが不利である。味方の誰をも害《そこな》うまいとすればするほど、満を持して容易に発し得ない。そのうちに、気を焦《いらだ》って源助町の比企一隆斎、鏡丹波らが、一時に左右から斬りこんで[#「斬りこんで」は底本では「軒りこんで」]、たちまち打《ちょう》ッ! の刃音、発《はつ》! の気合い、混剣乱陣《こんけんらんじん》の場と化し去ったが、茨右近は、大体の人相を喬之助から聞き知っていて、番士と源助町の区別はつく。源助町と無駄に刃を合わすより、一人でも多く番士を斃《たお》したほうがいいから、源助町の剣をひっ外《ぱず》して、長駆《ちょうく》、番士の群へ殺到すると、その気魄《きはく》の強さにおそれを抱いたものか、ひとり刀を提げてその一団から逃げ出したものがある。峰淵車之助だ。それと見て、右近あとを追う。
廊下づたいに、逃げるもの、追う者に競争がはじまった。
ほかの連中も、直《ただ》ちに雪崩を打って右近のあとを追い出した。が、人数の多いのは、この場合、どこまでも不利益だ。いたずらに肩を押し合い、揉《も》み合い、めいめい先へ出ようと邪魔しあって、お神輿をかつぐようにギツシリ廊下に詰まって、ワッショイワッショイ! そんなことは言わないが、まごまごしているうちに、逃げる峰淵車之助も追う右近も、一人ずつだから早い。ぐるぐる屋敷中を駈けめぐって、わっしょい連からはずっと離れてしまった。
部屋から部屋と抜けて夢中で逃げ廻っている車之助、フと一室へ飛び込むと、そこに、自分を追って来た喬之助が立っているのでギョッ! とした。いそいで引っ返そうとすると、うしろからも右近の喬之助が近づいてくる。こうして、二人の喬之助を一しょに見て、はじめてこの影武者の秘密を知ったのは、峰淵車之助が最初だった……が、その車之助は、この二人の喬之助に挾まれて、死以上の不気味《ぶきみ》な恐怖のうちに、間もなく首にされてしまったので、影《かげ》と影《かげ》二人法師《ふたりほうし》のからくりは、まだ相手方へ洩れはしなかった。
「おうい! 喬之助が二《ふた》……。」
車之助は、――人《り》! まで叫んで一同《みな》の耳へ届かせないうちに、根太《ねだ》から生えたように、部屋の敷居の上にチョコナンと、一個の首となって鎮座ましましていた。
あとから、一同が、屋敷じゅうを探しまわると、喬之助と右近は、
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