ると、山城守は頼もしそうに、
「ウム、その一言が何よりの頼りじゃ。園絵のほうは、さっそく長庵めに命じて――」ひとり言、何か心中に画策をめぐらしている。造酒は、傍《かたわ》らの愛刀、阪東《ばんどう》二|郎《ろう》幸村《ゆきむら》の鍛《う》って野分《のわけ》の称ある逸剣を取って、ニヤニヤ笑いながら、「金打《きんちょう》しよう」
「うむ。盟約《めいやく》の証《しょう》じゃ」
 行燈《あんどん》の下、山城守と造酒、打《ちょう》! 打! と鍔元を鳴らして、微笑を交した。園絵をさらってこの神保造酒に与えるという大仕事――その役割りがまたしてもどうやら長庵へ行きそうで、どうもこのところ、村井長庵ばかに忙しくなりそうだが、話も大いにこんぐら[#「こんぐら」に傍点]がって来て、作者も楽でない。それはいいが――。
 ふたりがぼそぼそ話し合っている部屋のそとの縁に、ソッと立ち聴きしている女のすがたがあった。
 市松お六といって、深川の羽織上《はおりあが》り、神保造酒の妻とも妾《めかけ》ともつかず、この道場を切り廻している大|姐御《あねご》なのだ。
 姐御とは言ったが、それは本性《ほんしょう》のこと、町道場でも武士の家にいるのだから、髪なんかもちゃんと取り上げて、それらしく割りに堅気な、しかし飽くまで艶《えん》な拵《こしら》え。
 いま、園絵を褒美にやろう、貰おうの約束が出来たのを聞くと、嫉妬であろう、耳をそばだてていたお六の顔に、歪《ゆが》んだ笑いがうかんで、何ごとか心に、ひとりうなずいている様子。
 と、その時、道場のほうから廊下を曲って、大勢のあし音が近づいてくるから、そんなところに立っているのを見つけられては面白くない。お六は、急ぎ反対側の角《すみ》へ隠《かく》れソッと覗いていると、鏡丹波を先頭に、多くの門弟が廊下を来て、部屋のまえに立ちどまった。
「先生ッ!」中から障子があいて、ノソリと造酒。
「何だッ! 騒々しい」
 一同はベタベタと板廊下にすわって、鏡丹波が、言った。
「出ました先生、今夜は、四谷こぶ寺うらの横地半九郎殿方へ遊佐と春藤と私と三人、夜番に頼まれて行っていましたところが、ただいま、神尾喬之助が現われまして、イヤどうも大変なチャンバラ……」チャンバラなどとは言わないが、そんなようなことをいう。聞いていた山城守は、ギックリしながらも、
「サ! いよいよ其許《そのもと》
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