を末座《まつざ》へ投げると、いよいよ小さくなった神尾喬之助は、恐縮《きょうしゅく》のあまり、今にも消え入りそうに、額部《ひたい》が畳についた。
「ふん、如何に中原《ちゅうげん》の鹿を射当てた果報者じゃとて、新役《しんやく》は新役、何もそうお高く留まらずとも、古参《こざん》一同に年賀の礼ぐらい言われぬはずはござるまいッ!」
いつもの通り、列座同役《れつざどうやく》の尻押しにいきおいを得て、戸部近江之介はなおも威猛高《いたけだか》である。自分で怒っているうちに一そう激しく怒り出すのがこの人の性癖《くせ》で、口尻《くちじり》を曲げてこう言い放った時、近江之介は、自らの憤怒《ふんぬ》に圧倒されて、もはや口も利《き》けない様子だった。が、ちらりと眼を人々の顔に走らせて同意を求めると、池上新六郎《いけがみしんろくろう》、飯能主馬《いいのうしゅめ》、横地半九郎《よこちはんくろう》、日向一学《ひなたいちがく》、猪股小膳《いのまたこぜん》、浅香慶之助《あさかけいのすけ》、峰淵車之助《みねぶちくるまのすけ》、荒木陽一郎《あらきよういちろう》、長岡頼母《ながおかたのも》、山路重之進《やまじじゅうのしん》、大迫玄蕃《おおせこげんば》、妙見勝三郎《みょうけんかつさぶろう》、保利庄左衛門《ほりしょうざえもん》、博多弓之丞《はかたゆみのじょう》、笠間甚八《かさまじんぱち》、箭作彦十郎《やづくりひこじゅうろう》、松原源兵衛《まつばらげんべえ》――居ならぶ御書院番衆《ごしょいんばんしゅう》の頭が、野分《のわけ》のすすきのように首頷《うなず》き合い、ささやき交《かわ》して、眼まぜとともに裃の肩がざわざわ[#「ざわざわ」に傍点]と揺れ動く。
同時に、色いろの声がした。
「戸部氏のご立腹、ごもっともでござる。下世話《げせわ》にも、とかく女子《おなご》にもてる男には嫌なやつが多いと申す、ぷッ! 高慢面《こうまんづら》、鼻持《はなも》ちならぬわ」
「神尾氏ッ! こウれ! 無言は非礼、何とか早速御挨拶あって然るべしじゃ」
「旨いことを並べて園絵どのを蕩《たら》し込む口はあっても、われらに応対する口はないと言わるるのか?」
「めでたい年頭、ことには城中、それがしとてかく大声《たいせい》を発しとうはないが、実もって常日《じょうじつ》、神尾氏の振舞いには眼にあまる角《かど》が少なくござらぬて」
これは、ふたたび
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