《こうとみみよりぐさ》なる写本にある。これはナンセンス。
だが、首は困る。
首になりたくないのは、今も昔も同じことで、これは断然ナンセンスではない。真剣だ。自衛だ。命懸けだ。
共同戦線《きょうどうせんせん》を張《は》る。
荒木陽一郎、横地半九郎、松原源兵衛の三番士、日中は大したことはあるまいが、夜ひとりでいるのは剣呑《けんのん》だというので、一晩ずつ三人の家を順に提供し合って、三人寄れば文殊《もんじゅ》の智力《ちりょく》、鼎坐《ていざ》して夜を徹することにした。
しかし、剛剣の名あった大迫玄蕃、浅香慶之助、猪股小膳の諸士を、ああも鮮《あざや》かに遣《や》ッつけた神尾である。三人では、心細い。援兵《えんぺい》を求めて大一座を作り、ボンヤリ坐ってもいられないから、酒にする。今夜は、四谷瘤寺裏《よつやこぶでらうら》の横地半九郎の屋敷が当番だ。主人の半九郎をはじめ、荒木陽一郎、松原源兵衛のふたり、被害妄念《ひがいもうねん》に怯《おび》やかされているのが、宵の口から集って、チビリ、チビリ、さかずきのやり取りをしている。
早くから雨戸を下ろして、室内には燭台を連ね、昼よりも明るい。銘めい刀を引きつけて、悲壮なる面《おも》もちは、まるで出陣の宴だ。これが毎晩のことだから、さぞ神経《しんけい》が疲れたことだろうが、そのうちに、頼んであった助軍《じょぐん》が到着する。遊佐剛《ゆさごう》七|郎《ろう》、春藤幾久馬《しゅんどうきくま》、鏡丹波《かがみたんば》、三人の浪人である。
その頃。
芝の源助町に道場をひらいて荒剣《こうけん》一|風《ぷう》、江府《こうふ》の剣界を断然リードして、その腕《うで》、その胆《たん》、ともに無人の境を行くの概あった先生に、神保造酒《じんぼうみき》という暴れ者があった。神保造酒……無形《むぎょう》一|刀流《とうりゅう》の正伝《しょうでん》。
四百|万億《まんおく》阿僧祇《あそうぎ》の世界《せかい》なる六|趣《しゅ》四|生《しょう》の衆生《しゅうじょう》、有形《うぎょう》のもの、無形《むぎょう》のもの――有形無形《うぎょうむぎょう》のうち、慾界色界《よくかいしきかい》の有情《うじょう》は有形《うぎょう》にして、無慾無色界《むよくむしきかい》の有情《うじょう》は無形《むぎょう》なり……なンかと大分むずかしい文句だが、この法華経随喜功徳品《ほけきょ
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