嗅ぎ出したのが浅草馬道の目明し影法師《かげぼうし》の三吉、昨夜子の刻から丑へかけて、足拵えも厳重に同勢七人、鬨《とき》を作って踏み込んだまではいいが、奥の一間に、富五郎の屍骸《なきがら》に折り重なってよよ[#「よよ」に傍点]とばかりに哭き崩れる女房を見出しては、さすがに気の立った三吉一味もこのところ尠からず拍子抜けの体だったという。
実もって容易ならぬ常吉の又聞き話。三吉が捕方に向う六時も前、午過ぎの九つ半に、富五郎は卒中ですでに鬼籍《きせき》に入っていたのだとのこと。その十畳には死人の首途《かどで》が早や万端|調《ととの》って、三吉が御用の声もろとも襖を蹴倒した時には、線香の煙りが縷々《るる》として流れるなかに、女房一人が身も世もなく涙に咽《むせ》んでいるばかり、肝心の富五郎は氷のように冷く石のように固くなって、北を枕に息を引き取った後だった。
捕吏《とりて》の中には三吉始め富五郎の顔を見知った者も多かったから、紛れもなくお探ね者の卍の遺骸《むくろ》とは皆が一眼で看て取ったものの、残念ながら天命とあっては致し方がない。いろいろと身体を調べたがたしかに死んでいる。いくら生前が兇状持ちでも仏を罪するわけには行かない。それに夜明けにも間がないので、富五郎の屍体はひとまずそのまま女房へ預けておき、朝、係役人を案内して表向き首実検に供えた後、今日の内にも小塚原あたりに打捨《うっちゃり》になり、江戸お構いの女房の拾いでも遅くも夕方までには隠亡《おんぼう》小屋の煙りになろうという手筈――だったのが、それがどうだ!
「ささ、ここだて親分。」常吉は一人ではしゃいで、「これで鳧《けり》がつきゃあ、三尺高え木の空がお繩知らずに眼え瞑《つむ》ったんだからお天道様あねえも同然。ところがそれ、古いやつ[#「やつ」に傍点]だがよくしたもんで、そうは問屋じゃ卸さねえ。」
今朝、旦那衆の伴をして改めて富五郎の死顔を見届けに出向いた影法師三吉は、昨夜の家が藻脱《もぬ》けの空、がらんどう、入れておいた早桶《はやおけ》ぐるみ死人も女房も影を消しているのに、二度びっくり蒸返しを味わった。住人《すみて》は素より何一つ遺っていず、綺麗に掃除してあったとのこと。
「仏を背負って風|食《くら》ったのか。」
藤吉はむっくり[#「むっくり」に傍点]起き上った。
「へえ、死んでもお上にゃあ渡さねえてんで。」
「
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