え親分、この草鞋の跡は新しいもんでごぜえます。付いてから一時とは経ってはいめえ、坂本町から横町を通って蔵へ来ている――。」
「ありゃあ、彦、松さんの足形だ。」
藤吉が言った。味噌松は世辞笑いとともに、
「親分、二階へ上ってお神さんに会ってやっておくんなせえ。」
「あいよ。」と藤吉はなおもそこいらを見下しながら、「松さん、お前さんは御加役《おかやく》だ。一緒に考えて下せえよ。やい、勘、彦、手前たちも聞いておけ。――足袋屋じゃねえが、ここに足形《かた》が三種ある。一つあ死人の高足駄で左手から蔵へ、こりゃあ夜中の雨の最中に付いたもの。あとの二つはお内儀の日和と松さんの草鞋で、共に一時前に騒ぎ出した節踏んだとわかる。こちとら[#「こちとら」に傍点]と小僧のは裸足だから苦もねえが、さてはいった足形《かた》ばかりで出た跡のねえのが、のう皆の衆、ちっとべえ臭かごわせんかい。」
「雨の降る前にここへ来てまだ隠れん坊している奴でも――。」
味噌松が言いかけた。藤吉は横手を拍《う》った。
「そこだっ、松さん。お前はなかなか眼《がん》が利くのう。彦、蔵から母家から残らず塵を吹いてみろ。飛ん出たら声を揚げろ。怪我しめえぞ。」
「あっし[#「あっし」に傍点]は? 親分。」
「勘次。お前は立番だ。俺と松さんとでちょっくらお神を白眼《にら》んでくる。松さんがいりゃあ勘なんざかえって足手|纏《まと》い、そこに立ってろ。」
「へえ。」
「誰も入れるな。」
「ようがす。」
勘次は不平そうに彼方を向いた。彦兵衛は家探しに蔵へはいった。
「親分、御洗足《おすすぎ》を。ま、泥だけお落しなすって――。」
味噌松が勝手口から盥《たらい》を出した。が、
「すまねえのう。」
と言ったきり、藤吉は気が抜けたように立っていた。どこからともなく、泣くようにまた笑うように、ちろちろ[#「ちろちろ」に傍点]と水のせせらぐ音がする、藤吉は耳を傾けた。
「勘。」藤吉が大声を出した。「あの音あ何だ? 水じゃあねえか。」
「あいさ。」と勘次はすまして蔵の前を指しながら、「あれ[#「あれ」に傍点]でがしょう。」
見ると、幅四寸ほどの小溝が雨水を集めて蔵の根を流れている。藤吉はにわかに活気づいた。
「深えか。」
勘次は手を入れた。
「浅えや。二寸がものあねえ。」
「どうしてあそこにあんな物が――。」
藤吉は小首を捻る。味
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