け猿を忘れぬゆえに貴公、かわいそうに乱心めされて、さような幻影を見るようにあいなったか」
「こけ猿が松の木などに、ぶらさがっていてたまるものか」
「嘘だと思うなら、出て来て見るのがいちばんの早道だ」
一同はがやがや言いながらその発見者の若侍に付き従って、ゾロゾロ庭先へ立ちおりてみると、高大之進をはじめ、尚兵館の一同、イヤ、驚きました。
驚くわけです。
庭隅の築山のふもと、江戸家老田丸|主水正《もんどのしょう》が、何よりの自慢にしている一本松……。
その梢に、黒い西瓜《すいか》のようにブラリとひっかかっているのは、紛れもないこけ猿の茶壺でございます。
ポカンと口をあけた高大之進、
「ああ、わが輩も、寝てもさめてもこけ[#「こけ」に傍点]猿、こけ猿と思ううちに、かような怪しの幻を見るようになったか」
とつぶやいて、思わず眼をこすったといいますが、それはそうでしょう。何しろ、そのこけ[#「こけ」に傍点]猿のためには、今まで多勢の人間が血を流し、またそのために、いま、若き主君伊賀の源三郎は行方知れず……丹下左膳などという余計者《よけいもの》まで飛び出して、まんじ巴の必死の争いを描きだしているその中心――こけ[#「こけ」に傍点]猿の茶壺が、ぶらりとさがって、見つけた若侍の言い草ではないが、さわやかな朝の微風にそよいでいるのですから……。尚兵館の連中、声もない。
七
「ウーム、皮肉な壺だナ……」
うめいた高大之進、松の木へかけよって、壺をにらみあげながら、
「探すときには姿も見せず、とほうにくれておると、こうして松の木などにぶらさがっている。だが、いったい何者の仕業であろうナ?」
あたりの伊賀侍たちをジロジロ眺めまわしたが、こいつだけは誰にも返事ができない。
とにかく。
おそろしく変わった風景です。茶壺を荒縄で縛りあげて、そいつがブランと松の枝にひっかかっているんですから。
「昨夜深更に、何奴かが忍びいって……」
「しかし、これが真のこけ猿の茶壺とすれば、そやつは、よほどわれわれに好意を持っておる者と思わねばならぬ」
屈強の若侍達が、壺を見上げて、ワイワイ言ってる。何かからくり[#「からくり」に傍点]がありそうで、うっかり手出しのできない気持――。
「おろせ!」
大之進の命令に、一人が、おっかなびっくり背のびをして、そっと壺を、松の根方
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