ほ》をとめた泰軒が、
「安|大人《たいじん》、お前は下山してしまっては、なつかしの父上に会えぬではないか」
「オオ、安の父親が知れましたか」
 おどりたつ作爺さんの問いに、チョビ安は、
「ウム、おいらの父《ちゃん》は、なんでもこんどの日光造営の竣工式に、紫の衣装をつけて出る人だと聞いて、それを頼りにこの日光まで、わざわざ会いに来たんだけど」
「ナニ。むらさきの衣装をつけて出る人だ?」
 と立ちどまって考えこんだ作爺さん、
「フーム、紫の……イヤしかし、まさか――だが、伊賀にゆかりと言うことには……」
 思いきったように作爺さんは、
「コレ、安、しっかりしろヨ。お前の父親《てておや》かどうかは知らぬが、竣工の式に紫の衣装をつける人は、ただ一人……造営奉行の柳生対馬守様――と聞いたぞ」
「エッ! すると、それがおいらの父親《ちゃん》!」
 うめいたチョビ安は、何を思ったか、眼いっぱいの涙。おどろいたのは源三郎で、もしそれが事実なら、チョビ安は自分の甥《おい》。
「安ッ! 貴様は柳生対馬守の落し胤《だね》でもあるのか。えらいことになったものだな」
 と呆然《ぼうぜん》たる左膳へ、チョビ安はすすり泣いて、
「何言ってやんでえ、おいらアうれしくッて泣いてるんじゃアねえや。あたいの父《ちゃん》は大名か。ヘン、なアンだ。お大名の父《ちゃん》なんざあ、このチョビ安兄ちゃんは用はねえんだ。そうわかったら、一度にお座が覚めちゃったい。おいらの父《ちゃん》はやっぱりこのお侍さん。ねえ、お父上、いつまでもお父上でいておくれねえ……むこうの辻のお地蔵さん、ちょっときくから教えておくれ――なんでえ、おらあ大名の子なんかじゃあねえや、トンガリ長屋の安|兄哥《あにい》だい」
 ドッとあがる笑いのなかには、言い知れぬ涙が含まれて。
 左膳とお藤が、両側からチョビ安の手を――左膳ははずかしがる萩乃の手を取って、源三郎とならんで歩かせました。
 泰軒だけは、一人ぽっちの大道せましと、江戸へ江戸へと、一同帰りの旅路に。
 作阿弥は、やはりもとのトンガリ長屋の作爺さん。お美夜ちゃんとチョビ安と、母親の本性をとり戻したお蓮様と、楽しいくらしが続くに相違ない。
 江戸へはいるすこし手前で、お藤の手を振りきった左膳は、萩乃と源三郎を祝福しながら、煙のごとく消息を絶ったという、伊賀の暴れン坊とは惜しい未勝負のまま。
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