、左京だけではなかった。泰軒もチョビ安も、闇をすかして振りかえると、
「先生ッ、先生イッ!」
ガラッ熊の声だ。
「トンガリ長屋が、総出で助太刀にめえりやした」
おどりあがったチョビ安、
「ヤア、石金の小父ちゃんだ! 鳶由《とびよし》の兄《あん》ちゃんだ! ああ、長屋の細野先生もいる」
「いかがなされました、泰軒先生」
「イヤ、これはおれが引きうけたから、早くその穴を掘りかえして――」
泰軒先生、さっき左京の言ったのと、同じ言葉をくりかえす。それをチョビ安が、いそいで説明して、
「オウイ、長屋の衆、この穴の中に、あっしのお父上が埋ずまっているんだよ。そこらに、鍬や鋤がほうってあるだろう。オウ、みんな手を貸してくんな!」
十四
それは、世にもふしぎな光景だった。
浅草《あさくさ》竜泉寺《りゅうせんじ》の横町からかけつけた、トンガリ長屋の住民ども、破れ半纏《はんてん》のお爺さんやら、まっ裸の上に火消しの刺子《さしこ》をはおった、いなせな若い者や、ねんねこ半纏で赤ん坊をしょったおかみさん、よれよれ寝間着の裾をはしょったお婆さん――まるで米騒動だ。てんでに、そこらに散らばっていた鍬《くわ》や鋤《すき》をひろいあげて、一気に穽《あな》を掘りひろげはじめた。
「この下に、あたいのお父上が埋まっているんだよ。早く、早く!」
と、チョビ安は、穴のまわりをおどりあがって、狂いさけぶ。
チョビ安の父?
と聞いて、長屋の人達は、びっくりした。
以前チョビ安は、このこけ猿騒動にまきこまれる前までは、やはり、とんがり長屋に巣を食って、夏は心太《ところてん》、冬は甘酒《あまざけ》の呼び売りをしていたのだから、その身の上は、長屋の連中がみんな知っている――。
あたいの父《ちゃん》はどこへ行った……あの唄も、みなの耳に胝《たこ》ができるほど、朝晩聞かされたもので、このチョビ安には、父も母もないはず。
遠い伊賀の国の出生とだけで、そのわからぬ父母をたずねて、こうして江戸へ出て、幼い身空で苦労していると聞いたチョビ安。
その、チョビ安の父親《てておや》が、この穴の下に埋められているというんだから、とんがり長屋の人々は、驚きのつぎに、ワアーッと歓声をあげました。
「オイ、安公の親父《おやじ》が見つかったんだとよ」
「ソレッ! チョビ安のおやじを助けろッ!」
貧し
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