け」
「いやなこった! ここでお前さんを見つけた以上、あたしゃもうもう、どんなことがあっても離れやしないよ。柳生の屋敷へなど、二度と帰りはしないから」
左膳は無言。
ついてくるならかってに――と言わぬばかり、どんどん歩を早めて、浅草竜泉寺の方角へ。
お藤姐御も、おくれじと急ぐ。変てこな二人行列。
生命《いのち》の辻《つじ》
一
女のほうからおもわれると、その女に対して、たいした興味を持たなくなる……これが、色事師の常らしい。柳生源三郎も、その一人。
お屋敷育ちの武家娘らしい、つつましやかさで、萩乃が自分を恋していることは、百も承知しているのだが。
サテ、そうなってみると、萩乃とほんとうに千代をちぎり、この道場のあるじとなり、永久にここに根をはやそうというほどの、執着心もわかない。
ことに、それにはまだひとつじゃまがある。
それは……峰丹波の存在。
御後室お蓮様は、ある夜ひそかに道場を出奔して、行方不明になったものの、丹波はいまだに、その邸内の別|棟《むね》に頑張って、いっかな動きそうにない。
ああして真剣仕合いをいどめば、判定人を立ちあわせろというので、あの田丸主水正を兄対馬守に仕立て、ひと思いに丹波を斬ってしまおうとしたところが、あのとおりに狂言がばれて、丹波の首は一日のばしに、まだつながっているというわけ。
萩乃とは、ひとつ屋根の下に起き臥ししているというだけで、今もこの深夜に、萩乃は、長い廊下の奥の自分の部屋に、ただ一人、どんな夢を見てか――。
枕行燈に羽織を引っかけ、こっちへ向いたほうだけ燈芯《とうしん》の灯をむきだしにして、床にはらんばいになったまま、何やら書見をしていた源三郎は、廊下をこきざみに摺《す》ってくる跫音《あしおと》に、上半身を起こし、
「なんだ」
同時に、襖があいて、二、三人の興奮した若侍の顔が、すき間に重なり合い、
「林念寺前のお上屋敷の者どもが、一風宗匠の代参の婦中《じょちゅう》を駕籠に乗せまして、上野よりの帰途、三枚橋において白衣の狼藉者に出あい、ただいま加勢を求めてかけつけてまいりましたが……」
白衣の狼藉者? と、聞くと、源三郎の頭に、ピンとくるひとつの映像がある。
「ハテナ、彼奴《きゃつ》ではあるまいか」
ひとりごちた源三郎は、何か心中に、ふと思いついたことがあるらしく、
前へ
次へ
全215ページ中198ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング