そこに立ってるのはお美夜《みや》ちゃんじゃアねえか」
 こう声をかけたのは、片肌ぬぎに柄杓《ひしゃく》をさげた石屋の金さんだ。
 このトンガリ長屋の入口に住んでいる人で。
 今、この夕方、路地のまえに遣《や》り水と洒落《しゃれ》ていたところ……。
「おめえ、うすっ暗《くれ》えところにボンヤリ立ってるから、ちっとも気がつかなかった。オオオオ、足へ水をかけてしまったが、まっぴらごめんなヨ」
 石金さんはそう言いながら、片手にさげた柄杓のしずくを切って、お美夜ちゃんのそばへ寄っていった。
 あわい夢のような、紫のたそがれのなかに、白い大輪の夕顔とも見えるお美夜ちゃんの顔が、ボンヤリ浮かんでいます。
 暑かった江戸《えど》の一日も終わって、この貧しいとんがり長屋にも、自然はすこしの偏頗《へんぱ》もなく、日暮れともなれば、涼しい夕風を吹き送るのでした。
 何はなくとも、路地口のへちまの棚、近くの竜泉寺の椎《しい》の梢《こずえ》に、雨とひびくひぐらしの声。
 仲店には、今宵《こよい》も涼みの人がにぎわい、町内のかどかどには縁台が出て、将棋、雑談、蚊やり――なつかしい江戸生活の一ページ。
 水をまいていた石金は、今のひと柄杓《ひしゃく》が、したたかお美夜ちゃんの裾にかかったのにおどろいて、あやまり顔にそばへ寄り、肩へ手を置きながら、
「悪いおやじメだ。かあいいお美夜ちゃんに水をかけて、ヤア、こんなにぬらしてしまったナ。なア、かんにんしておくれよ……オヤ! おめえ泣いてるじゃあねえか」
 顔をさしのぞくと、なるほどお美夜ちゃんは、パッチリした眼にいっぱいの涙です。
「水をかけたぐれえで、泣くもんじゃアねえ。と言っても、女の子のことだ。おべべをよごしたのが悲しいのだろう。ほんとにおいらが悪かった。サア、きげんをなおして家《うち》へけえんな」
 無骨な石金が、一生懸命になだめるが、お美夜ちゃんは返事もしません。
 大粒の涙がかあいい頬を、ホロホロつたわり落ちるのにまかせて、小さな石像のようにつくねん[#「つくねん」に傍点]と立ったまま。
 ツクネンと立つたまま、じっとみつめています。血綿《ちわた》のような夕陽雲《ゆうひぐも》のただよう西の空を。
 石金の言葉など耳にもはいらないお美夜ちゃん。足にしたたか水がかかったのも、てんで気がつかないらしい。
 なんといっても黙っていたのが、しばら
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