いの者がまいったようじゃ。失礼ながら座をはずしまする。暫時《ざんじ》お待ちのほどを」
 起きあがって、一間《いっけん》の広いお畳廊下へ出た。
 ところどころに置いた雪洞《ぼんぼり》に、釘かくしが映《は》えて、長いお廊下は、ずっとむこうまで一|眼《め》です。
 小姓に案内された玄心斎が、そのとき、すこし離れた小間へ通されるのが見えた。
 無造作な対馬守は、スタスタと大股に歩いていって、安積老人のすぐあとから、その部屋へはいった。
 うしろ手にふすまをしめながら、立ったままで、
「なんじゃ。用というのを早く申せ」
 それへ手をついた玄心斎、雪のような白髪の頭を低めて、
「殿には、いつに変わらず御健勝の体《てい》を拝し……」
「挨拶などいらぬ。なんの用でまいったと言うに」
「またただいまは、御用談中を――」
「客を待たしてあるのじゃ。源三郎から、何を申してまいったのだ」
「殿と、司馬十方斎殿とのあいだに、源三郎様と萩乃様との御婚儀のこと、かたきお約束なりたちましたについて、てまえはじめ家来どもあまた、源三郎様にお供申し上げて、正式にこの江戸の道場にのりこみましたにかかわらず――」
 対馬守は、源三郎によく似た、切れの長い眼を笑わせて、
「そもそもから始めたナ。長話はごめんじゃよ、爺」
「ハ……いえ、しかるに、先方に思わぬじゃまが伏在《ふくざい》いたしまして、十方斎先生のお亡《な》くなりあそばしたをよいことに源三郎様に公然と刃向かいましてな」
「わしは、たびたびその陰謀組《いんぼうぐみ》を斬ってしまえと、伊賀から源三郎へ申し送ったはずじゃが、そのたびに、源三郎の返事はきまっておる――かりにも継母《はは》と名のつくお蓮の方が、むこうの中心である以上、母にむかって刃《やいば》を揮《ふ》ることはならぬ。よって、持久戦として、すわりこんでおるとのことじゃったが」
「ハッ、その間、いろいろのことがござりましたが、殿、お喜びくだされ。明早朝を期し、元兇峰丹波と源三郎様と、真剣のお立ちあいをすることになりました。ついては、先方の申し出でにより、その判定を殿にお願い申そうと……」

       四

「馬鹿言え!」
 叱咤《しった》した対馬守、早くも半身、お廊下へ出かかりながら、
「爺も爺ではないか。そんな、愚にもつかんことを申してまいって。帰って源三郎にそういえ。自分のことは、自分で処
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