の家に、四角くなってすわっている。
「サ、そういう理由《わけ》でござるから、なにとぞ、さっそく林念寺《りんねんじ》前の上屋敷のほうへ、おこしを願いたい。馬を彫《ほ》らせては、当代|唯《ゆい》一|無《む》二の名ある作阿弥《さくあみ》殿、イヤ、かようなところに、名を変えてひそんでおられようとは……?」
 主水正《もんどのしょう》がうやうやしく頭をさげる前に、迷惑そうにちょこなんとすわっているのは、作爺さんです。老いの身の病気あがり、気のせいかこんどの病で、めっきりおとろえたようです。つぎはぎだらけの縦縞の長半纏《ながはんてん》の上から、夏だというのに袖なしを羽織《はお》って、キチンとならべた両の膝がしらを、しきりに裾《すそ》を合わせて包みこみながら、
「ヘイ、なにがなんだか、おっしゃることがいっこうにわかりませんで、ヘイ。私《わたくし》は作爺と申す名もないもので……」
 恐縮しきった作爺さん、救いを求めるような視線を、横手へ向けます。
「イヤ、そうお隠しなされては、てまえホトホト困迷《こんめい》いたす」
 と田丸主水正も、横へ眼をやる。
 そこに、小山を据えたようにすわっているのは、先ごろから、このトンガリ長屋の王様とあおがれている、巷《ちまた》の隠者|蒲生泰軒《がもうたいけん》先生だ。
 両方から助《すけ》だちを乞うような眼を受けて、
「ウフフフ」と泰軒は含み笑い、
「あちら立てればこっちが立たず……という、柳生の御使者どの、この御老人は単にトンガリ長屋の作爺さんでけっこうだとおっしゃる。無益な前身の詮議だてなどなさらずと、早々《そうそう》にお帰りなされたほうがよろしかろう」
「とんでもない! それでは、かく申す家老の拙者が、わざわざ自身で乗りこんでまいった趣旨がたち申さぬ。先ほどから申すとおり、てまえ主人柳生対馬守、このたび日光造営奉行を拝命なされたについては、何がな後世へ残るべき彫刻をほどこして、廟祖御神君の霊をなぐさめたてまつらんと、そこで思いつきましたのが、神馬《しんめ》の大彫《おおぼ》りもの……」
「ヤイヤイ、なんでえ! どいたどいた。チョビ安様《やすさま》とお美夜ちゃんのおけえりだ……オヤ! この駕籠は?」
 土間口《どまぐち》に、チョビ安の大声。

       三

 田丸主水正は、必死につづけて、
「御承知でもござろうが、日光|什宝《じゅうほう》のう
前へ 次へ
全215ページ中128ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング