女《もの》はいったい――旅のお慰みとしても、チトどうもお見苦しくは……」
「イヤ、さような儀ではない。いたって野育ちの女芸人、余にチト考えがあって、かように虜《とりこ》にいたしておくのじゃ。側女《そばめ》などでは断じてない。安心せい、安心せい」
「ホホホ、お大名のお妾なんて、そんな窮屈な役目は、こっちからこそごめんだよ。お爺さん、安心おしよ。なんてキョトンとした顔してるのさ」

       二

 対馬守は、ふと思い出したように、
「源三郎はいかがいたした」
「ハイ、それが、その、実は……」
 と主水正は、言いよどんだが、
「たびたび御書面をもって、上申《じょうしん》つかまつりましたとおり、司馬《しば》先生生前より、妻恋坂の道場に容易ならぬ陰謀がありまして――」
「イヤ、それは聞いた、聞いた。その後どうなったかとたずねておるのじゃ」
「あくまで源三郎さまを排除申しあげんという一味の秘謀らしく、源三郎様には、先ごろより行方知れずになられ――」
 それを知りながら、なぜ腕をこまねいておるかッ? 高大之進《こうだいのしん》をはじめ、腕ききの者をそろえて出府させてある。それよりも、源三郎つきの安積玄心斎《あさかげんしんさい》、谷大八《たにだいはち》等は、いったい何をしておるのじゃッ!……と、頭ごなしにどなりつけられるかと主水正首をすくめて、今にも雷の落ちるのを待っている気持。
 と。
 笑いだしたのだ、対馬守は、肩をゆすぶり、腹をかかえて。
「はっはっは、イヤ、心配いたすな。あの源三郎にかぎって、自分の身ひとつ始末のできん男ではない。ことには、玄心斎と申す老輩もついておること。司馬道場の儀は、源三郎にまかせておけばよい。婿にやった以上、いわば彼の一家内の紛争じゃ。それくらいの取りしきりができんようで、この対馬の弟と言われるか、アッハッハッハッ」
 剛腹な笑いを頭から浴びて、主水正は、ホット助かった心地――相変わらず太っ腹なお殿様だと、たのもしさが涙とともにこみ上げてくる。
 ふと対馬守は、遠いところを見るような眼《まなこ》になって、
「どこにいるかの……源三郎は、この兄の出てまいったことも、知らぬであろう。からださえ達者なら、大事ないが……」
 あらそわれぬ兄弟の情です。
 が、対馬守はそれを振りきるように、ふたたび主水正へ、
「当ててみようかノ?」
「何を、でございます
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