ろうとは!
 石川左近将監の家来一統は、白い砂浜にごまを散らすように、バラバラバラッと――。
 宰領の竹田が、血煙たてて倒れたのですから、もう壺どころのさわぎではない。
 お壺の駕籠をそこへおっぽりだしたまま。
 雲をかすみ。
 みごとな黒塗りのお駕籠が、砂にまみれてころがっている。
 走り寄った左膳は、ニッコリ顔をゆがめながら――これがほんとうの思う壺だ。
 手の濡れ燕をもって、バリバリッと駕籠の引き戸を斬り破り、錦の袋につつまれた茶壺を、刀の先に引っかけてとりだした。
 石川左近将監自慢の、呂宋《ルソン》古渡《こわた》りのお茶壺です。
 濡れ燕を砂に突き立てた左膳。
 ひとつきりの左手と、歯を使って、袋の結び目をといてみた。出てきたのは、朱紐《しゅひも》で編んだスガリをかけた、なるほど茶壺には相違ないが、目ざすこけ猿とは似ても似つかない。
 が、左膳はべつに失望もいたしません。
 これがこけ猿の茶壺でないことは、はじめからわかっている。
 こうやって、宇治の茶匠のあいだを往来《ゆきき》する大名の壺を、かたっぱしからおそっているうちには、どういうはずみでか、何者かの手にはいった真のこけ猿に出会わないともかぎらない。こういう左膳の肚ですから、なんでもいい、壺とさえ見れば掠奪するのだ。
 今日はその第一着手。
 煮しめたような博多の帯に、左膳、矢立をさしている。
 それを抜き取って、つぎに懐中から、懐紙を二つに折った横綴の帳面を取りだした。
 表紙を見ると、左膳一流の曲がったような、一風格のある字で、
[#ここから4字下げ]
心願百壺あつめ
   享保――年七月吉日
[#ここで字下げ終わり]
 と書いてある。
 大名の茶壺行列へ斬りこんで、これから百個の壺を集めようというのらしい。七月吉日とありますが、斬りこまれるほうにとっては、どう考えて[#「考えて」は底本では「孝えて」]もあんまり吉日ではありません。
 これは、その筆初め。
 片膝ついたうえに、その帳面の第一ページを開いた丹下左膳。
 片手ですから、こういうときはとても不便だ。
 矢立を砂に置き、筆を左手に持ちかえて、たっぷり墨をふくませたかとおもうと、
[#ここから3字下げ]
「石川左近将監殿御壺一個、百潮《ももしお》の銘《めい》あり
   駿州千本松原にて」
[#ここで字下げ終わり]
 と、サラサラとしたため
前へ 次へ
全215ページ中104ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング