して先をつづけてくれぬか。ちょっとでよいから、その真のこけ猿の目印というのを……」
 一風宗匠は、おもしろい芝居でも見るように、相変わらず赤ん坊のような笑顔で、あくびの連発――もういやだ、今日は気がむかない、わしはもう寝るのじゃから、はやくあっちへ行ってくれ……そういっているようだ。
「ナア、宗匠、後生《ごしょう》じゃから、お願いじゃから――」
 人に頭をさげられつづけて、生まれてからこの自分の頭をさげたことのない対馬守、ここを先途《せんど》と、平蜘蛛のようにペコペコお辞儀をしている。

       四

 言葉は通じないのだから、一風宗匠は平気だ。
「何をこの殿様は、てを合わせてわしを拝んだり、しきりにおじぎをしたり、ハテ、変なことをするお人だ」
 と言いそうに、あっけにとられて対馬守をみつめている。
 人に頭をさげる感じは、生まれて初めて。どうもあんまりいいものじゃアない。対馬守はムカムカしてくるが、いくらおこってみたところで、相手はやっぱりニコニコしているに相違ない。
 それよりも。
 なんとでもしてこの一風から、こけ猿真偽鑑定の法をきき出さねばならぬ。宗匠のほかにそれを知っているものは、この世に一人もないのだから。
 おまけに。
 そのかんじんかなめの一風宗匠、百二十歳の老体でこのたびの東海道中は、かなりむりだ。衰弱は日に日に目だつばかり。もし今夜にもポッかり逝かれでもしては……。
 と思うと対馬守、気が気でありません。
 青くなったり、赤くなったり、
「宗匠、三遍まわってワンと言えば、それもしよう。いかなる望みもかなえて進ぜるから、サ、こけ猿の目印を……」
 ピタリ両手をついて、額を畳におしつけた瞬間。
 カラリ!
 廊下にむかった障子があいた。待ちきれなくなった治太夫が、殿の許しを得ずにあけてしまったのだ。
「殿! ただいまこれなる本陣の表通りに――」
 言いかけた治太夫、見ると、あろうことかあるまいことか、殿様がばった[#「ばった」に傍点]みたいに平つくばって、おじぎの最中だから、
「オヤ! これは御酔狂ナ……何かお茶番でも!」
「無礼者ッ! 誰がそこをあけろと申したッ!」
 醜態を見られて、対馬守はてれ半分、カンカンになってどなりつけた。
「今この畳へ、宗匠が針を落としたというから、老人のことじゃからさがしてやっておったのじゃ」
 はり[#「はり」
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