ばしますように――」
「こんどというこんどは、おれも、人の情けが身にしみた。あの左膳……本来なら敵味方、おれにかまわずにどこへでも行ってくれと、毎日頼むように言うのだが、このおれが達者になるのを見すますまでは、どんなことがあってもわしのそばを離れぬと言う。そして、お露どのもごらんのとおり、あの、かゆいところへ手のとどくような左膳の看護《みとり》じゃ。男を泣かすのは男の友情だということを、わしはこんどはじめて、つくづくと知ったよ」
 左膳のことばかり言われるのがお露には、少女らしい胸に、不服なのか、
「はい。ほんとうに……」
 と言ったきり、うつむいている。源三郎も、すぐその心中に気がついた体《てい》で、
「ハハハハハ、左膳ばかりではない。親爺六兵衛殿といい、イヤ、誰よりもお露さんの親切、生涯胆に銘じて忘れはいたさぬ」
「そんなお義理のようなお礼など――」
 お露は、ちょっとすねて。
「それよりも、どうぞいつまでも……いつまでも御病気のまま、アノ、あまり早くよくおなりにならないように――」
「これは異なことを、いつまでも病気でおれとは――」
「でも御病気なればこそ、このむさくるしいあばら屋においであそばして、わたくしのような者まで、朝夕お側近くお世話させていただいておりますが、おなおりになれば、りっぱな御殿へお帰りあそばして、美しい奥方をはじめ、大勢の腰元衆に取りかこまれ……」
 パッと顔をかくしたお露の耳は、火のように赤い。それよりもまごついたのは源三郎で、自分が伊賀の柳生源三郎ということは、知らしてない、どこの何者とも身分をつつんでいるのですから、
「何を言わるる。私はそんな者ではない。左膳と同じ、御家人くずれのやくざ侍……」
「それならば、なお心配で。江戸には、美しい娘さんが、たくさんいなさるとのこと――」
「しかし、お露さんほどきれいなのは、そうたんとはあるまいテ」
 と源三郎、意識して言うわけではありませんが、ふと、こんな言葉が口を出るのが、そこがソレ、女にかけて不良青年たる源三郎のゆえんでありましょう。自分がそんなことを言えば、それがどんなに強く相手の胸にひびくかも考えないで。
「アラ、あんなことばっかり……」
 お露が、両手で顔をおおって、指のあいだからじっ[#「じっ」に傍点]と源三郎をみつめたとき、縁にむかった障子がガラッとあいて、
「源三エ、みやげだ
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