したことは、前に言ったとおりですが、主水正、そんなことは知らないから、かぶりつくように読んでゆくと、文句は、ところどころ虫くいらしく線香で焼いてあって、よく読めないが、地図は……。
 地図のほうまでわからなくしてしまっては、なんにもなりません。
 どうやらおぼえのある地図――その下に、一行の文字が走っていて、武蔵国《むさしのくに》江戸《えど》麻布《あざぶ》林念寺前《りんねんじまへ》柳生藩《やぎうはん》上屋敷《かみやしき》。
 オヤ! 主水正、大声をあげた。見おぼえがあるわけで、いま現に自分の住んでいる屋敷の図面ではないか。庭の隅の築山のかげのところに、×の印がついているのは、財産はここに埋ずめてあるというのであろう。主水正と大之進は、顔を見合わせた。双方唾をのみこむだけで、いつまでもだまっている。
 やっとのことで、大之進が、
「御家老、このお上屋敷は、御当家御初代の時代から、ずっとここにお住まいになっていたのでございましょうか」
 主水正は答えません。じっと考えこんでいるうちに、はじめて彼は、思い当たった。
「これは、真のこけ猿ではないのだ」
「えッ? 本物ではない……だが御家老、こうして古い書きつけまで現われ、埋ずめてある場所も、わかったではございませんか。しかも、この屋敷の庭の隅と――」
「大之進、至急したくをしてくれ。お城へあがって……そうじゃ、愚楽様にお目にかかるのじゃ」

       十

 それから一刻《いっとき》、二時間ののちに。
 千代田城の一室で、膝を突きあわせんばかりに対座しているのは愚楽老人と、柳生藩の江戸家老田丸主水正の二人。
「ははア、それはおめでたいことで――こけ猿の茶壺が、そうたやすく見つかって、大金の所在《ありか》も判明いたしたとは、祝着《しゅうちゃく》至極、お喜び申しあげる」
 そう言う老人の顔を、主水正は、じっとみつめてニヤニヤ笑いながら、
「それが、その、ふしぎなことには、林念寺前の手まえども上屋敷の、庭隅に埋めてあるというので、ヘヘヘヘヘ」
 けろりとした愚楽老人、
「それはまた、たいそう近いところで、便利でござるな。これが奥州の山奥とか、九州のはずれとかいうのだと、旅費もかかる。掘り出す人夫その他、第一、他領ならば渡りをつけねばならんしな」
「ハイ、おっしゃるとおりで」
「そんなことをしておっては、ちっとやそっとの財産は
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