一|刻《とき》にどのくらい水嵩《みずかさ》がますのであろうの」
「サアそれは、ちょっとわからぬが――」
 首まで来るまでには相当時間があろう。その間に、なんとでもして脱出のくふうをつけねばならぬ。
 なんとでもして!
 けれど。
 どうしたらよいか?
 四畳半ほどの地底の一室である。地面に達する唯一の穴は、天井高く三尺ほどの直径に、斜めに通じているだけで、そこにとどく足場もなければ、とびつこうにも手がかりがない。
 周囲は、荒削《あらけず》りの土石の壁。
 もう地上は、たそがれどきでもあろうか。
 さっきまで、穴からかすかに流れこんでいた光線は、すっかり消えて、闇の中にそそぎ入る水音のみ、高い。
 伊賀の連中はどうしたろう!
 チョビ安は?
「オイッ!」
 と、源三郎が、左膳の注意をうながした。
 足でジャブジャブ水をけって見せた。
 いつのまにか、もうふくら脛《はぎ》の半《なか》ばまできている。まもなく膝を没するであろう。それから腿《もも》、腹、胸、首……やがて全身水びたしに――。
 左膳と源三郎、沈黙のうちに、狂的な眼をあわせた。
 水は、つめたく脛《すね》をなめて、這いあがってくる……。



底本:「林不忘傑作選3 丹下左膳(三) こけ猿の巻」山手書房新社
   1992(平成4)年8月20日初版発行
   「林不忘傑作選4 丹下左膳(四) 続・こけ猿の巻」山手書房新社
   1992(平成4)年8月20日初版発行
入力:門田裕志、小林繁雄
校正:花田泰治郎
2005年12月1日作成
青空文庫作成ファイル:
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