られたのではない。気に負けたのである。
源三郎は、何ごともなかったように、その丹波のようすを見守っている。
左膳が、ノッソリと、その前に進み出た。
八
「オウ、若えの」
と左膳は、源三郎へ顎をしゃくって、
「この大男は、じぶんでひっくりけえったんだなア」
源三郎は、不愛想な顔で、左膳を見あげた。
「ウム、よくわかるな。余はこの石に腰かけて、あたまの中で、唄を歌っておったのだよ。全身すきだらけ……シシシ然るに丹波は、それがかえって怖ろしくて、ど、どうしても撃ちこみ得ずに、固くなって気をはっておるうちに、ははははは、じぶんで自分の気に負けて――タ丹波が斬りこんでまいったら、余は手もなく殺《や》られておったかも知れぬに、こらッ、与吉と申したナ。その丹波の介抱をしてやれ。すぐ息を吹きかえすであろうから」
与吉はおずおずあらわれて、
「ヘ、ヘエ。いや、まったくどうも、おどろきやしたナ」
と意識を失っている丹波に近づき、
「といって、この丹波様を、あっしひとりで、引けばとて押せばとて、動こう道理はなし……弱ったな」
左膳へ眼をかえした源三郎、
「タ、誰じゃ、貴様は」
ときいた。
眼をトロンとさせて、酔ったようによろめきたっている左膳は、まるで、しなだれかかるように源三郎に近づき、
「誰でもいいじゃアねえか。おれア、伊賀の暴れン坊を斬ってみてえんだ。ヨウ、斬らせてくれ、斬らせてくれ……」
甘えるがごとき言葉に、源三郎は、気味わるげに立ちあがって、
「妙《みょう》なやつだ」
つぶやきながら、倒れている丹波のそばへ行って、
「カカカ借りるぞ」
と、その握っている刀をもぎとり、さっと振りこころみながら、
「植木屋剣法――うふふふふふ」
と笑った。
変わった構えだ。片手に刀をダラリとさげ、斬っさきが地を撫でんばかり……足《そく》を八の字のひらき、体をすこしく及び腰にまげて、若い豹《ひょう》のように気をつめて左膳を狙うようす。
一気に!――と源三郎、機を求めて、ジリ、ジリ! 左へ左へと、まわってくる。
濡れ燕の豪刀を、かた手大上段に振りかぶった丹下左膳、刀痕の影を見せて、ニッと微笑《わら》った。
「これが柳生の若殿か。ヘッ、青臭え、青臭え……」
夜風が、竹のような左膳の痩せ脛に絡む。
九
「おウ、たいへんだ! 鮪《まぐろ
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