とひとこと話しさえすれば……」
「何を言わるる。御礼の不知火銭を拾うのは、拙者にきまっておる。バラバラッときたら、抜刀して暴れまわる所存だ。武運つたなく敢《あえ》ない最期をとげたなら、この髪を切って、故郷《くに》なる老母のもとへ――」
決死の覚悟とみえます。
萩乃がお目あてなのは、さむらいだけじゃアない。町内の伊勢屋のどら息子、貴賤老若、粋《すい》不粋《ぶすい》、千態万様、さながら浮き世の走馬燈で、芋を洗うような雑沓。
金も拾いたいし、お嬢さんにも近づきたい……欲と色の綯《な》いまぜ手綱だから、この早朝から、いやもう、奔馬のような人気|沸騰《ふっとう》……。
妻恋小町の萩乃さま。
本尊が小野の小町で、美人というと必ずなになに小町――一町内に一人ぐらいは、小町娘がいたもので、それも、白金町《しろがねちょう》だからしろがね小町《こまち》とか、相生町《あいおいちょう》で相生小町《あいおいこまち》などというのは、聞く耳もいいが、おはぐろ溝小町《どぶこまち》、本所割下水小町《ほんじょわりげすいこまち》なんてのは感心しません。ある捻った人が、小町ばっかりで癪《しゃく》だというので、大町《おおまち》とやって見た。白金大町《しろがねおおまち》、あいおい大町《おおまち》どうもいけません。下に番地がくっつきそうで――。
やっぱり、美女は小町。
小町は、妻恋小町の萩乃様。
と、こういうわけで、きょうは司馬先生のお葬式だが、折りからの好天気、あのへんいったい、まるでお祭りのような人出です。
四
門前には、白黒の鯨幕を張りめぐらし、鼠いろの紙に忌中《きちゅう》と書いたのが、掲げてある。門柱にも、同じく鼠色の紙に、大きく撒銭仕候《まきぜにつかまつりそろ》と書いて貼り出してあるのだ。このごろは西洋式に、黒枠をとるが、むかしは葬儀には、すべてねずみ色の紙を用いるのが、礼であった。
大玄関には、四|旒《りゅう》の生絹《すずし》、供えものの唐櫃《からびつ》、呉床《あぐら》、真榊《まさかき》、根越《ねごし》の榊《さかき》などがならび、萩乃とお蓮さまの輿《こし》には、まわりに簾《すだれ》を下げ、白い房をたらし、司馬家の定紋《じょうもん》の、雪の輪に覗き蝶車の金具が、燦然《さんぜん》と黄のひかりを放っている。
やしきの奥には。
永眠の間の畳をあげ、床板のうえに真あた
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