…厳重に封をして当方へ持ち帰り、御前において封切りの茶事を催して開くのです。そんな、一風の申すような地図など入っておるとすれば、とうに気づいておらねばならぬ」
「じゃが、それほど大切な図面を隠すのじゃから、なにか茶壺に、特別のしかけがしてあろうも知れぬ。とにかく、壺を手に入れることが、何よりの急務じゃ!」
「評定《ひょうじょう》無用! 一刻も早く同勢をすぐり、捜索隊を組織し、江戸おもてへ発足せしめられたい!」
剣をもって日本国中に鳴る家中です。ワッ! という声とともに、広場いっぱいに手があがって、ガヤガヤいう騒ぎ……。
拙者も、吾輩も、それがしも、みんながわれおくれじと江戸へ押し出す気組み。それじゃア柳生の里がからっぽになってしまう。
黙って一同のいうところを聞いていた対馬守、お小姓をしたがえて奥へおはいりになった。するとしばらくして、祐筆《ゆうひつ》に命じて書かせた大きな提示が、広間に張り出されました。
一、天地神明に誓いて、こけ猿の茶壺を発見すべきこと。
一、柳生一刀流の赴くところ、江戸中の瓦をはがし、屍山血河を築くとも、必ずともに壺を入手すべし。
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右|御意之趣《ぎょいのおもむき》……。
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源三郎につぐ柳門《りゅうもん》非凡の剣手、高大之進を隊長に、大垣《おおがき》七|郎右衛門《ろうえもん》、寺門一馬《てらかどかずま》、喜田川頼母《きたがわたのも》、駒井甚《こまいじん》三|郎《ろう》、井上近江《いのうえおうみ》、清水粂之介《しみずくめのすけ》ほか一団二十三名、一藩の大事を肩にさながら出陣のごとく、即夜《そくや》、折りからの月明を踏んで江戸へ、江戸へ……。
足留《あしど》め稲荷《いなり》
一
品川や袖にうち越す花の浪……とは、菊舎尼《きくしゃに》の句。
その、しながわは。
東海寺《とうかいじ》、千|体荒神《たいこうじん》、足留稲荷《あしどめいなり》とそれぞれいわれに富む名所が多い。
中でも、足どめの稲荷は。
このお稲荷さんを修心すれば、長く客足を引きとめておくことができるというので、旅籠《はたご》や青楼《せいろう》、その他客商売の参詣で賑わって、たいへんに繁昌したもの。
ふとしたことから馴染《なじ》んだ客に、つとめを離れて惹かれて、ひそかにこの足留稲荷へ願をかけた一
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