終わり]
 と書いた。百二十いくつの一風宗匠から見れば、やっと三十に近い柳生対馬守など、赤ん坊どころか、アミーバくらいにしかうつらないらしい。
 だから、いくら殿様でも対馬守、この一風宗匠に叱られるのは、毎度のことで、ちっともおどろかないが、金は何ほどでもある故に、騒ぐまいぞえ……という意外な文句に、ピタリ、驚異の眼を吸いつけられて、
「金はいくらでもあるという――」
 呻いたひとりごとが、すぐそばの寄りつきに待つ側近の人々の耳にはいったから、一同、わっと腰を浮かして、気の早い喜田川頼母《きたがわたのも》などは、
「金はいくらでもござりますと? どこに、どこに……」
 茶室へ駈けあがって来ようとするのを、寺門《てらかど》七|郎右衛門《ろうえもん》がとめて、
「まア、待たれい! この話には落ちがあるようだ。文献によれば、三百万両積んだ和蘭《オランダ》船が、唐の海に沈んでおるそうじゃから、それを引きあげればなんでもないとか、なんとか――」
「さよう、一風宗匠のいうことなら、おおかたそこらが落ちでござろう」
 と、もう一人が口をとがらし、
「城下のおんなどものかんざしを取りあげて、小判に打ち直せばいいなどとナ、うははははは、殿! かような危急な場合、たあいもない老人を相手に、いたずらに時を過ごさるるとは、その意を得ませぬ。早々御下山あってしかるべく存じまする」
「そうだ、そうだ、一風宗匠はおひとりで、夢の国にあそばせておくに限るて」
 まるで博物館あつかい――耳が聞こえないから、宗匠、何を言われても平気です。
 対馬守も、暗然として宗匠を見下ろしていたが、ややあって長嘆息。
「ああ、やはり年齢《とし》じゃ。シッカリしておられるようでも、もう耄碌《もうろく》しておらるる。詮ないことじゃ。ごめん」
 一礼して土間へおりようとすると対馬守の裾を、ガッシとおさえたのは一風宗匠だ。
 動かぬ舌をもどかしげに、恨むがごとく殿様を見上げておりましたが、すぐまた、筆に墨をなすって、
[#ここから2字下げ]
「かかる時の用にもと、当家御初代さまの隠しおきたる金子《きんす》、幾百万両とも知れず。埋めある場処は――」
[#ここで字下げ終わり]
 眼をきらめかせた対馬守、じっと宗匠の筆のさきを見つめていると、
[#ここから2字下げ]
「――こけ猿の壺にきけ」
[#ここで字下げ終わり]
 と一風の
前へ 次へ
全271ページ中58ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング