かったが、早耳三次も兼久とは親しく知り合っていた。
 もう薬研堀《やげんぼり》にべったら[#「べったら」に傍点]市の立つのも間もないという、年の瀬も押し迫ったあるうすら寒い日だった。
 おもてを行く人の白い息を格子のあいだから眺めながら、ちょっと客も途絶《とだ》えたので、番頭と小僧が店頭《みせさき》の獅噛火鉢《しがみひばち》を抱き合って、何やら他愛《たあい》もないはなしに笑いあってると、凍《い》てついた土を踏む跫音が戸外《そと》に近づいて、
「いらっしゃいまし。」
 と、二人が言った時は、商家の大旦那風の服装《みなり》の立派な見慣れない男が土間に立っていた。
 何か心配ごとでもあるらしく、突き詰めた顔で、主人《あるじ》は在宅かと訊く。これは質をおきに来た客ではないとわかって、番頭はすぐ小僧を奥へやって主人を呼ばせた。主人が出てみると、客は上り口の座蒲団《ざぶとん》に腰を下ろして、すぐこう口を開いた。
「これは兼久さんですか。いや私は尋ね人があって江戸じゅうの質屋を廻っているものだが、じつはね、こういう女があなたのところへ来ませんでしたか。いま、人相書をお目にかけますが――。」
 言いながらごそごそ[#「ごそごそ」に傍点]懐中を探って、男は四つにたたんだ古い紙片《かみきれ》を取り出してひらいて主人のほうへ押しやった。見るとなるほど女の似顔が画いてある。二十《はたち》前後の美《い》い顔だった。兼久と番頭と小僧の六つの眼が紙へ落ちると、男も向う側から覗き込んで、説明の言葉を挾んだ。
「尋ね人と言ったって、何も別にお上の筋じゃあないから、ひとつ包まず隠さず話してもらいたいんだが、この女ですがね――年は二十そこそこ、なかなかの美人だ。が、眼にすこし険がある。ちょいとうけ口だね。背は高からず、低からず、中肉で色は滅法界《めっぽうかい》白い。服装《なり》は、さあ――何しろ旅から旅を渡り歩いているんだから、おそろしく汚のうがしょうが、なによりの目標《めじるし》てえのがこの右の眼の下の黒子《ほくろ》だ。ねえ。」と男は紙の似顔の黒点を指さしながら、「ねえ、こんな大きな黒子だから、誰だって見落すわけはない。さあ、仔細《しさい》はあとで話すとして、どうですね、この女がお店へ質をおきに立ち寄りませんでしたか。」
 そう言われて久兵衛と番頭は、もう一度絵の顔を見直して思い出そうとつとめてみたが
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