可荅安《カダアン》の砂漠に、珍しい蜃気楼が見えるといって、遠くから見物人が押し寄せた、あの翌年だったね。
合爾合《カルカ》姫 ええ、そう――あの時あなたったら、妾に白樺の杖を作って下さるとおっしゃって――。
成吉思汗《ジンギスカン》 そうそう! 覚えている、おぼえている。夏の暑い日でねえ。いや、猛烈な暑さだったな。合撒児《カッサル》のやつの肩車に乗って、高いところの枝を折ろうとする拍子に、手に棘を刺してねえ。
合爾合《カルカ》姫 ええ、妾が大騒ぎして、母から針を借りて取ってさし上げましたわ。
成吉思汗《ジンギスカン》 その傷あとをなめてくれたじゃあないですか。
合爾合《カルカ》姫 記憶えてらっしゃる?
成吉思汗《ジンギスカン》 (じっと自分の指を凝視める)覚えてるとも。誰が忘れるもんか。あの時、砂漠の向うに沈もうとしていた夕陽の色まで、いま眼の前に見るようだ。
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断続する胡弓の音。間。
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成吉思汗《ジンギスカン》 それから、僕が忘れようとしても忘れることのできないのは、父の也速該巴阿禿児《エスガ
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