そうしたら、いつか、ほら、その桶を川に流してさ――。
合爾合《カルカ》姫 (相手になるまいとつとめながら、つい引き込まれて)桶じゃありませんわ。羊の皮袋でしたわ。
成吉思汗《ジンギスカン》 いや、桶だよ。
合爾合《カルカ》姫 いいえ、羊の皮ぶくろですわ。
成吉思汗《ジンギスカン》 そうだったかしら。なんでもそいつを流れに取られて、君は岸に立ってしくしく[#「しくしく」に傍点]泣いていたっけ。あの時、君は十歳《とお》ぐらいだったかしら。そうだ、僕はたしか十七の春だったからなあ――あの森も、小川も、きっとまだあのままだろうよ。帰ってみたいなあ。
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姫はかすかに涕泣《すすりな》きを洩らす。長い間。
[#ここで字下げ終わり]
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成吉思汗《ジンギスカン》 思い出したぞ。僕はあの時、川へ飛び込んで、流れてゆく皮袋を拾い上げた――。
合爾合《カルカ》姫 (顔を上げる。頬に涙が光っている)ええ、靴をお穿きになったまんまで――。
成吉思汗《ジンギスカン》 そう! そうしたら、君ったら、ずぶ濡れになった僕が、川から這い上った恰好がおかしいと
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