れたのだ。おれはそれを利用して、この、一度はと狙っていた機会を掴もうとした。が、おれにはできない。そんなことは、おれにはできない。(沈思。突如、自分に呼びかけて)おい! 成吉思汗《ジンギスカン》! 貴様、どうかしてるぞ。貴様の恋人は、戦争じゃなかったのか。貴様は、若い血のすべてを、軍馬の蹴散らす砂漠の砂へ、投げ与えたはずではないのか。(壁の大地図へ眼が行き、駈け寄る)おお! (剣を抜いて地図を辿《たど》る)この、阿納《オノン》、客魯漣《ケルレン》、宇児土砂《ウルトサ》の三つの河の流れる奥蒙古の地は、貴様の父親《おやじ》、也該速巴阿禿児《エスガイパアトル》の志を起した平野じゃないのか。これが貴様の恋だ。これが貴様の全部だ。しっかりしろよ、成吉思汗《ジンギスカン》! (急に朗かに)あははははは、戦争だ、戦争だ、おれは、戦争のほか何ものもない。戦争さえしていればいい人間なんだ。合爾合《カルカ》、戦争の話をしてあげよう。ねえ、勇ましい合戦の話を――この成吉思汗《ジンギスカン》は、鉄の額をしているぞ。剣の嘴《くちばし》を持っているぞ。まだある、槍の舌を備えている。巌《いわお》のような心なんだ。い
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