こあきんど》に貸しつけて、うまく金の糸を引いただけだそうだから、まあこれは人のうわさだが江戸は広いや。えらいやつがいやあがる」
 めったに人をほめない磯五が、しきりと感心するのを聞きながら、お高は、それはきっとあの若松屋惣七さまであろう。若松屋様にきまっていると思った。それほど小判にかけての腕ききが、若松屋さまのほかにいようとは思えないからだ。お高は、自分がほめられているようでうれしかった。

      五

 ふたりは奥の居間のほうへ近づいていた。そこにはうわさのおせい様が待っているので、磯五は、そこから上がらずに、そっとお高を招いて、前の中庭を突っ切って行った。
 つき当たりにお稲荷《いなり》さんがまつってあった。そこらは、あまり手入れのしてない薮《やぶ》になっていて、ひからびたお供物《くもつ》などののった皿《さら》が、土といっしょにころがっていた。お高は、もったいないと思って、そっと拾い上げてお稲荷さんの前へ持って行って置いた。
 ふたりは、がさごそ音がするのに気を兼ねながら、その薮を分けて、お稲荷さんの裏へ出た。そこも磯屋の庭つづきではあったが、すぐ勝手や風呂場《ふろば》に近くて、婢《おんな》や下男が多勢立ち働いているのが、あけ放した水口の腰高障子《こしだか》のなかに見えていた。薪《たきぎ》を割る音や茶碗《ちゃわん》を洗う音もしていた。
 お高は、何のために磯五についてそんな物蔭《ものかげ》まで来てしまったのか、自分でもわからない気がしたが、そこなら、ちょっとした木立ちにさえぎられて、勝手口からも店のほうからも見えないし、すこしぐらい大きな声をしても、居間にいるおせい様に聞こえそうもないので、安心して、磯五が何かいい出すのを待っていた。
 きっとさっきの自分にこの店へ来ていっしょに暮らしてくれという話のつづきであろうと思った。あんな女との立ち話まで自分に見られながら、またあのおせい様がすっかりしゃべったことも知らずに、何てこの人はずうずうしいのだろうと、お高はあきれて、すこしおかしくなってきた。早く切り上げて金剛寺坂へ帰りましょう。お眼の不自由な惣七さまは、わたしがいないで、誰のお給仕でお昼飯《ひる》を召し上がったろう?――佐吉かしら、国平かしら、それとも滝蔵――。
「なあ、お高、おれは真剣に相談しているんだが、お前《めえ》だって、あんなところであんなこと
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