もあれば、一世一代に、老後の思いでとして一度ははなばなしく思う存分に舞台を持ってみたいとかねがね思っていた、その機会がはからず到来したのだから、腕によりをかけて当日を待っていることはいうまでもない。
ことに江戸で有名な顔役の木甚《きじん》が太夫元なのだし、それに、日本橋の磯五が力こぶを入れている。芸人|冥利《みょうり》に尽きる話だという、評判も評判、大変な前景気であったが、本人も、一生懸命で、相変わらず藤代町の宿屋木更津屋の二階で、今度の花形のお駒ちゃんに日本一太郎新考案の手踊り天人娘《てんにんむすめ》夢浮橋《ゆめのうきはし》を振りつけて、せっせと仕上げをかけながら、
「なあ、お駒ちゃん、おめえはこれで江戸中の人気をさらうのだぜ、みっちりやってもらおう」
「それは、わたしもこれで、芽を吹くか吹かないかの瀬戸ぎわだもの、みっちりやることはやっているけれど、江戸中の人気をさらうなんて、そんな見えすいたおだてはよしておくれよ」
「ところが、決しておだてでもお世辞でもねえのだ。おめえは自分の踊りっぷりがわからねえし、それに、おいらの頭ん中にある天人娘夢浮橋の演《だ》し物《もの》を知らねえから、それでそんなことをいうけれど、おいらは考えることがあるのだ。必ずこれで当たりを取って、おめえの名を売ってやるし、おらあ第一、こんだの舞台を最後に、手品にも何にも、芸人渡世はこれですっぱり打ち切るつもりでいるのだ。
いや、芸人商売ばかりじゃねえ」と、日本一太郎は何か急にしんみり考えこんで、
「この世の中におさらばするかもしれねえのだ」
「何をいっているんだい」
天人娘夢浮橋の衣裳が届いてきたので、お駒ちゃんは、その、日本一太郎の考案になる、羽衣の天人のような着付けで、本式に稽古の身振りを励みながら、
「あたしの出るところは、ほんのちょっぴりなんだろう? 当てれば、日本一太郎というお前の名が上がるばかりさ。お前の名を上げてあげようと思って、あたしはこんなに稽古に力を入れているのさ。いやだよ。じぶんのことなんか考えてみたこともありあしない。第一、お前、この世の中におさらばするなんて縁起でもない。莫迦ばかしいこというもんじゃないよ」
「いんや、そうでねえ。おいらはもうこの年齢《とし》だからいつどんなことがあるかもしれねえというんだ」
お駒は、日本一太郎がときどきへんなことをいったりする
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