、おいらの女房を横どりする気なのだろう。お高をそそのかして、おせい様の証文を持って来させて、それと引き換えに縁切り状を取らせたのは、みんな若松屋の細工だろう。お高は、いつかおれがおめえにしたように、おれにその証文を破かせて、かわりに、おいらのこの面へ手を当てたのだ」
「それは、それは、近ごろ大できでござった」
 若松屋惣七が、しんから愉快そうに笑い出すと、磯五は、野犬がほえるようにわめいて、いきなり、若松屋惣七へ斬《き》りつけていった。が、若松屋惣七は、今でこそ金勘定の町人だが、武家出で、しかも若いころは剣道の達人であった。星影一刀流に落葉《おちば》返しの構えという一手を加えた名誉でさえあった。
 磯五は、それを知らないから切りかかっていったのだが、若松屋惣七は、驚かないのだ。半ば盲目《めくら》だけれど、剣気だけは不思議とはっきり感じ、白刃のしごきは、心眼が見えるのである。一度眼で見たものを脳へ伝えるのではなく若松屋惣七のは、直接あたまで知るのだから、若松屋惣七のほうが、普通人より秒刻早いのだ。
 磯五が、女のように白い腕をふって斬りこんで行ったとき、若松屋惣七は履物《はきもの》を脱ぎすててうしろに飛びさがっていた。同時に、手にしていた自物木《しぶつぼく》の杖を青眼にとって、にやにや笑っていた。そして、
「あぶない、あぶない」
 といった。
 それは、磯五のことをあぶないといったのか、自分のことをあぶないといったのか、磯五にはわからなかったが、仕損じたことだけは確かなので、磯五はいらだった。
 すぐ追い迫ろうとしたけれど、鼻の前へ来て生き物のようにびくびく微動している杖の先が、ひどく邪魔になった。その一本の曲がり木が、磯五には、巾《はば》の広い板のように見えて、若松屋惣七のすがたが隠れてしまうような気がした。その向こうに、蒼い若松屋惣七の顔がほほえんでいた。髪に引きつられたこめかみに太い筋がはっているのが、不思議に、磯五にはっきり見えた。
 人が来てはだめだと気がついて、磯五は、片手で杖をつかんで、今度はしゃにむに突いて行った。しかし棒をつかもうとすると、その棒が激墜してきて、磯五のききうでを強打した。磯五は、その腕を抱きこむようにして、地べたにころがっていた。
 短刀が、若松屋惣七のあしもとへ飛んで行って、若松屋惣七に拾われた。磯五は、腕《て》の苦痛を訴えて、うな
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